【インタビュー】美しきヒロインの素顔~守屋美穂(ボートレース) (2ページ目)

  • 脊山麻理子●インタビュー interview by Seyama Mariko
  • スエイシナオヨシ●撮影 photo by Sueishi Naoyoshi


脊山
 高校卒業後、ボートの学校に入学。最初にボートに乗ったときのことは覚えていますか?

守屋 はい。すごく緊張したというか、ひとりでボートに乗ったときは本当に「怖いな」と思いましたね。もうとにかく速くて、音もすごいし、ただただ怖かったという印象しかないです。

脊山 学校では厳しい規則やハードな訓練もたくさんあったと思いますが、一番辛かったことは何ですか?

守屋(入学前から)厳しい世界を想像していて、その心構えでいたんですが、実際に入ってみると、思ったほど厳しくなかったんです。担当教官がすごく優しい方だったからだと思うのですが、特別苦労したとか、大変だったという思い出がほとんどありません。

脊山 いざ、ボートレーサーとしてデビューしてからはいかがですか?

守屋 逆にそれは、挙げればきりがないほどあるかもしれません。デビューしたときも、最初の節(せつ。ボートレースは最大7日間、通常4~6日間連続でレースが開催されており、その期間全体のこと)は、すべて6着。「自分はまだまだだな」と痛感させられましたし、苦労したというか、悔しい思いをしたことはいっぱいあります。とにかく、負けず嫌いなので、結果が出ないときやミスして負けたときは、悔しくて、悔しくてたまりません。

アグレッシブなレースでファンを魅了する守屋。アグレッシブなレースでファンを魅了する守屋。脊山 ボートレーサーを辞めたくなったりはしませんでしたか?

守屋
 辞めたいと思ったことはありません。ただ、自分は「ボートレーサーに向いてないな」と感じたことは何度もあります。

脊山 なぜ、そう思ったのでしょうか?

守屋 かつて、一度の節で、2本フライングをしたことがあったんです。そのときは、自分は「ボートの適性能力がないな」と思って、すごく落ち込みました。レースが終わってからの記憶がないくらいに......。

脊山 そうした状態からどうやって立ち直っていったのでしょうか。

守屋 レースをひとつ、ひとつ消化しながら、ですね。何か特別なことをしたわけではありません。ただ、自分ではそういう状況から脱して、スタートの問題も克服したつもりなんですが、身近な人には「まだ克服できていないね」と言われます。確かに、今でも思い切りよくスタートを決められないときがあるので、自分でも「ヨシ!」と思えるようなタイミングで常にスタートできるようにしていきたいです。

オフの日は「録画しておいたテレビドラマを見ながら、家でゴロゴロしています」(守屋)。写真左は脊山氏。オフの日は「録画しておいたテレビドラマを見ながら、家でゴロゴロしています」(守屋)。写真左は脊山氏。実力以上に注目されているので
それを上回るだけの強い選手になりたい

脊山 そういえば、3歳上のお兄さん(守屋大地/109期。守屋美穂は101期でボートレース界では8期上の先輩となる)も守屋選手に影響を受けて昨年ボートレーサーになったとうかがいました。

守屋(兄は)学校の試験に受かる前から仕事を辞めていたんですよ。それならば、しっかり試験に受かってもらわないと困るし、合格したらしたで、きちんと卒業してもらわないと困るな、と思っていました。

脊山 では、お兄さんも無事にボートレーサーになれて、ホッとしたのではないですか。

守屋 今度は、ボートレーサーになったらなったで、しっかりやってほしいな、と思っています。(兄を見ていると)「もっとキビキビ動いて!」とか「そこは、へらへら笑っている場合じゃないじゃん!」と突っ込みを入れたくなりますから(笑)。

脊山 そうしたことを含めて、お兄さんにアドバイスをされたりしますか?

守屋 あまりアドバイスはできていませんね。自分なりにしか一生懸命にやってこなかったので、他の人にそれをどう伝えていいのかわからないんです。

脊山 兄妹で一緒の会場でレースに臨むこともあるのですか?

守屋 この夏、一緒だったことがあったんですが、すごくやりにくかったですね。自分は、周囲にあまり自分の素の部分を見せたくないのですが、兄に対してはどうしても見せてしまうので......。だから、一緒の会場のときは兄に対して"話しかけないでオーラ"をずっと出していますね(笑)。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る