宇野昌磨、世界選手権優勝はファンやコーチのために。「自分のためだけにスケートをするのは得意じゃない」 (3ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by Getty Images

自分のためだけ「得意じゃない」

「今後、どのプログラムをやるにしても、『ボレロ』よりはラクになると思います」

 フィギュアスケートの新しい時代の扉を開けた宇野はそう言って、小さく笑みをこぼした。

「ショートはスローなテンポで、曲に合わせて動くと無駄な力が抜け、体力的にもラクなんですが、フリーは振り付けもジャンプも難易度が高く、体力を消耗するプログラムで。週1、2をショート、それ以外は全部フリーでも、1年でここまで持ってくるのが精一杯でした。最後になって、ようやく滑れている感じですね。でも、ステファンがそれだけ期待してくれたので」

 ステファン・ランビエルコーチとの師弟関係は事実上、2019年全日本選手権からだが、それは宇野がスケートと真摯に向き合ってきた天恵だったのかもしれない。

「僕は負けず嫌いではあるんですけど、自分のためだけにスケートをするのが得意じゃなくて」

 宇野は正直に言う。

「でも近しい人のためなら、どういう演技で満足してくれるのかわかっているので、リラックスしてできるのかなと思います。ここ数年、なかなか成績が出ないなかでも応援してくださった皆さんや、自分が何もできていない時にお世話になったステファンのために、すばらしい成績を残したいというのがあって」

 絆を重んじる行動規範は、宇野昌磨というスケーターを如実に表していた。それは新しい世界王者の形だった。清々しい野心で、かすかにまとった風が匂い立ち、ほのかな色気になっていた。

「(宇野と)一緒に練習していても圧倒されます」

 年下だが、盟友とも言える鍵山優真は大会後にそう語っているが、宇野への共感に似た憧れは透明感があった。

「キスクラで宇野選手があんなに喜んでいる姿は初めてだったので。僕にはわからない、たくさんの苦労を乗り越える優勝で、うれしかったんだろうなって思いました。これからも宇野選手を追いかけていきたい。どれだけ近づけるか、次の大会で一緒に滑るのが楽しみです」

 宇野は周囲との呼吸によって、自らのスケートを高められる異能の持ち主である。ただ、本人はそれに甘えない。ひたすらスケートに打ち込み、「成長を」と繰り返す。昨年12月の全日本選手権から今年2月の北京五輪までもケガで本調子にはほど遠かったが、言い訳はいっさい口にしなかった。たゆまずトレーニングを重ね、心身が充実した世界選手権では真価を発揮した。

 祝祭のなか、彼が不意に浮かべた笑顔は"見せ場"だった。

「優勝してうれしいんですけど、感極まって涙を流すことはなかったのは、もっと成長したい、ゴールはまだ先にあるのかなって。それが何か自分でもどこで何かわからないですけど。だから涙は出なかったんじゃないかなと思います」

 新王者誕生は、本編のプロローグだ。

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