髙橋大輔が築いたフィギュアスケート日本男子の歴史。五輪初メダルの記憶 (3ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

 スケーターとしての矜持が伝わったのか。スタンドは一度、落胆でどよめいた後、どっと押し返すような歓声が沸く。そこには、交わされる呼吸があった。

 立ち上がった髙橋は、笑みを洩らしていた。何の後悔も見えない。むしろ、挑戦した自分を称えているようでもあった。そこからは止まらない。トリプルアクセル+2回転トーループの連続ジャンプを完ぺきに決め、3回転ループも成功。得意としたアクセルは滞空時間が長く、美しかった。スピンはレベル4。膝をケガした選手にとって、それは静かな快挙だ。

 髙橋は速くなったテンポでおどけ、見る人を楽しませる。五輪という舞台で、難しいステップをしているのに、ひたすら楽しそうに映った。3回転フリップ+3回転トーループは2つ目がぐらついたが、3回転サルコウ、トリプルアクセル、3回転ルッツ、3回転ルッツ+2回転トーループと、優雅な曲調に乗って立て続けに降りている。

 フィナーレ、髙橋はリンクを突っ切って、"今生のステップ"を見せる。待ち切れずに湧き上がる歓声を全身に受け止めながら、愛を乞うように両手を差し出し、最後のポーズを飾った。そして腕を二度、三度と突き上げ、感極まった表情を浮かべた。

〈自分だけが知る楽しい瞬間があれば、人は強く生きていける〉

 映画にはそんなメッセージが滲むが、スケート人生に導かれた髙橋の演技も、人を励ます熱があった。それは彼自身が、"これで最期"と錯覚させる気迫で臨んでいたからだろう。志すスケートを裏切らず、諦めずに挑み続ける。4回転挑戦は、一つの象徴だったかもしれない。志を貫くことで、勝負の一瞬、決意を燃やせたのだ。

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