本田真凜、シニアデビュー後の挫折で得た「スケーターとしての厚み」 (4ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 藤田孝夫●写真 photo by Fujita Takao

 SPは右肩の痛みで、とても競技できる状況ではなかった。ループは2回転となって得点がつかず、アクセルもシングルになって0点。演技構成点で2番目に高い27.60点を叩き出し、どうにか9位に入った。東日本選手権に通過するためだけに集中していた。

「今日(SP当日)からジャンプの練習を始めたところで。2週間、ジャンプの練習はしていませんでした。スケートをやって来て、一番不安で」

 SP後、本田は正直に言った。

「ショートはジャンプなしでは通過できないと思ったので、できるところまではやりました。でも、イメージしたとおりいかず、悔しい、悲しいより、これからの大事な試合(NHK杯や全日本選手権など)に間に合うか、不安で。途中でやめそうになった瞬間が何回かあったんですけど、『ダメ』って」

 その内面は揺れていた。

 しかし瀬戸際に追い込まれたとき、彼女は強かった。ひとつには、天性の感覚があるだろうが、それだけではない。シニアでの挫折から成熟し、正念場で力を発揮できるスケートの厚みを手にしていた。その容姿は可憐に映るが、リンクでは一人で戦い抜いてきたスケーターだけに、肝は据わっている。

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