真摯に、丁寧に。宮原知子は「自分の世界をつくり出したい」 (2ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

「練習の時ほど、試合でいい演技ができていないのは課題ですね。本番でやれるか、が大事で。試合を想定した練習もしてきました。たとえば、6分間練習をしたあとで、すぐにプログラムを滑るのではなくて、いったん靴を脱いで履きなおして滑ってみたり。試合に近い緊張を、と思って。ただ、やっぱり練習は練習で、緊張なく滑れてしまうので、最後は試合でやるしかないかなと」

 彼女は思いつくことはすべてやっているのだろう。細部にわたる追求で、ほとんどミスが出ない、究極的な表現力を生み出す。ミリ単位の鍛錬が、その演技の裏にはあるのだ。

 取材エリアでのインタビューが終わったあとのことだった。記者たちが興味を失い、メモやレコーダーをしまう。視線を逸らせた刹那だ。

 その去り際、宮原は両手を伸ばし、手のひらを下に伏せながら、ありがとうございます、と声に出さず、口だけ動かして挨拶し、その場を去っている。その真摯さとしとやかさに、宮原知子というスケーターの本性はあるのかもしれない。人が見えないところでも、丁寧な所作をする。それをたいして意識もせず、当たり前のようにできる教養が身についているのだ。

 SP当日の6分間練習、一つ一つのジャンプを入念に確かめていた。とくに、3回転ルッツ+3回転トーループの連続ジャンプは入り方を確認。6回目のトライで確実に成功し、続けざまに次も下りた。拝むようなしぐさが、跳べるという感覚が下りてくるのを待っているかのようだった。

 結局、連続ジャンプは回転不足を取られたが、そこまで細心に技を整える姿が、表現力も支えているのだ。

 宮原は、リンクで音と一つになる。その感覚は、言語化するのが難しい。しかし彼女自身が楽器になって、音を鳴らしている感覚がある。それが「曲の解釈」でトップの9.25点を獲得している理由だろう。

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