ウナギ・サヤカは「真逆」のイメージだったプロレスに参戦。恐竜に憧れた少女はリングで暴れることに夢中になった (3ページ目)

  • 尾崎ムギ子●文 text by Ozaki Mugiko

■"踏み台"として始めたプロレス

 シンクロをやめ、高校では「絶対に遊ぶ」と決めていた。しかし入学式でチアリーディング部のパフォーマンスを見て、あまりのカッコよさにそのまま入部。長年、全国優勝している強豪校で、ウナギの代も全国優勝を果たした。

「採点競技って、『演技が終わった! 優勝した!』じゃないんですよ。シンクロもなんですけど、最後の演技者が終わるまでわからない。『失敗しろ、失敗しろ!』って念じてましたね。本当に最後の最後までわからないから、ずっとゲロ吐きそうでした。ずっと優勝してる高校だから、優勝という選択肢しかなかった。優勝できたのは嬉しかったんですけど、なんとも言えない気持ちでしたね」

 卒業後は、ダンスの専門学校に入学した。

「このまま大人になって、毎日同じ会社に通勤して、同じ時間座って、同じ時間に帰るとか、絶対無理だなと思ったんです。動いていてどうにかなるなら、動いていたかった。バックダンサーとか、人前に立つ仕事をずっとやり続けたいなと思いました」

 19歳から、芸能活動を始める。アイドル、グラビア、タレント、役者、YouTuberと、活動は多岐にわたったが、芽が出ない日々が10年間続いた。

「10年間、ただ生きてる、みたいな感じでした。CDやDVDを出しても、達成感が全然なくて。シンクロとかチアで味わってきたような、やりきった感はなかった。グラビアをパシャパシャ撮ったからといって、『ハイ、やりきった!』とはならないじゃないですか。ただなんとなく、『次の仕事はこれかあ』みたいな感じでしたね」

 オーディションでは、シンクロとチアをやっていたこと以外にアピールすることがなかった。しかし、過去の栄光を語るのは好きではない。「今、これを頑張っている」と胸を張って言えるものを作りたかった。そんな時、知人に「プロレスやれば?」と勧められる。

「『いやいやいやいや!』みたいな(笑)。その時はプロレスと言ったら、アジャコングさんとかダンプ松本さんのイメージしかないわけですよ。『いやいや、真逆!』と思って、すごいイヤだったんですけど、でも東京女子プロレスのポスターを見せてもらったら、『えっ! こんな感じなの? やるやる!』みたいな感じで。完全にノリで始めました」

 2018年5月、東京女子プロレスの練習生となり、2019年1月4日、上福ゆきと組み、「うなぎひまわり」として対赤井沙希&YUMI戦でデビューした。芸能界でアピールするための"踏み台"として始めたプロレス。しかし、プロレスの練習は思いのほか楽しかった。

「(気持ちが)ひっくり返るのは早かった気がします。試合も毎回すごい楽しかったし、ツーショット(サイン会)もあったりしたので、ファンの人もすごい応援してくれる。他のことをやる余裕もなかったので、基本的にはプロレスが楽しくて、ずっとプロレスですね」

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