UFCからプロレスに復帰後、朱里が直面した最愛の母の死。そこで「人生を賭けてプロレスをやる」と誓った (2ページ目)

  • 尾崎ムギ子●文 text by Ozaki Mugiko
  • 林ユバ●撮影 photo by Hayashi Yuba

「デビューしたての頃は『行けるわけないだろ』って思われていたと思うんですよ。ここでも、舐めんじゃねえっていう気持ち、絶対やってやるっていう気持ち、1回の負けが命取りだという気持ちで、勝っていくしかないと思った。パンクラスのベルトを獲った時にタイミングよく声を掛けていただいて、世界最高峰のUFCと契約することができたのはものすごく嬉しかったです。でもやっぱり、それだけで生活はできなかったです」

 ジムやコーディネーターにパーセンテージを支払い、貯金を切り崩しながら生活した。それでもアメリカにおけるUFCの規模の大きさと、選手へのリスペクトは予想以上で、「ここまできたか」と感動した。

 UFCと契約している間、プロレスの試合に出ることはできなかった。2年で4試合の契約。その間は格闘技に集中した。プロレスができない環境だったからこそ、プロレスをやりたい気持ちが高まった。

 こっそり観戦に行ったりもした。客席に座ってみて、プロレスのすごさを再認識した。選手が全身で思いを伝えると、観客はそれをしっかりと感じ取る。プロレスはすごい力を持っているのだと思った。

 UFCとの契約を終え、2019年8月、MAKAIの所属となりプロレス復帰。翌年1月にスターダムに参戦する。プロレスと格闘技を両立して結果を出してもなかなか注目されない。頑張っても頑張っても、メディアは自分を取り上げてくれない。しかしスターダムのリングに上がると、次第にメディアに注目されることが多くなった。純粋に嬉しかった。ようやく日の目を見る時が来た――。

 2月にはジュリアとの新ユニット「ドンナ・デル・モンド」のメンバーとして、アーティスト・オブ・スターダム王座を獲得。10月3日、岩谷麻優が持つワールド・オブ・スターダム王座のベルトに挑戦することになった。すべてが順風満帆に思えた。しかしタイトル戦直前の9月5日、最愛の母が死去する。

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