阿部一二三と詩、金メダル獲得後に語った思い。「喜びを越えた先の喜びを体感した」 (3ページ目)

  • 松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu
  • photo by JMPA

『きょうだいで五輪金メダル』、これが阿部きょうだいの合言葉だった。

 一二三は6歳で柔道を始めた。長男の勇一朗さんと一緒に柔道場に通った。からだが小さいから、女の子に負けて、よく泣いていたという。その時、父からもらった言葉が「一歩ずつ」だった。

 運動神経抜群の一二三は努力も怠らなかった。だれよりも練習に励み、強くなっていった。一歩ずつ。

 その兄を追いかけ、詩は5歳で柔道場についていった。負けず嫌いの妹はどんどん強くなっていった。やがて、きょうだいは同じような成長曲線を描くこととなった。

 2013年9月8日朝。ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、東京五輪開催が決まった。一二三は16歳、詩が13歳だった。家族でその光景をテレビで見ていて、父・浩二さんは阿部家の夢をつぶやいたそうだ。

「きょうだいふたりで東京オリンピックに出られたら最高やな」

 その夢が、やがて目標に変わった。優勝会見で「そろって五輪金メダルが現実的になったのは?」と聞けば、一二三はこう、説明した。「妹が高校1年生とか、2年生になって、シニアで活躍し始めた時、東京オリンピックの同日優勝を思い描き出しました」と。
 
 2018年9月の世界選手権で、21歳の一二三と18歳の詩が表彰台の真ん中に立った。兄は2年連続の優勝、妹は初制覇だった。
 
 その後、試練が訪れた。一二三はスランプに陥り、けがも続いた。2019年の世界選手権ではライバルの丸山城志郎に敗れて3連覇を逃し、一二三の階級だけが五輪代表決定が遅れた。だが、昨年末の五輪代表決定戦では、丸山との24分間の死闘を制し、代表権をつかんだ。夢がつながった。

 詩も苦しんで苦しんで、やっとで五輪代表のキップをつかんだ。兄は「妹の頑張りからいつもプレッシャーをもらっている」という。妹は「ずっとお兄ちゃんの背中を追ってここまでこられた」と打ち明けた。ここに信頼がある。

 一二三は記者会見で、「自分の人生、まだ23年ですけど」と前置きし、こう続けた。

「この金メダルにすべてが詰まっている感じです。苦しい時期、大変な時期を乗り越えての金メダルです。でも、そんな時期はひとつも無駄ではなかったと思います」

 家族そろっての「一歩ずつ」の結果が、五輪きょうだい金メダルである。阿部家にとってはどんな日ですか、と問えば、一二三は顔をほころばせた。

「自分にとっても、家族にとっても、最高の一日じゃないかなと思います。歴史を塗り替えられたのかと思います」

 阿部家にとっての最高の一日は、日本柔道界にとっても最高の一日となった。さあ、新たな伝説がはじまる。

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