阿部一二三と詩、金メダル獲得後に語った思い。「喜びを越えた先の喜びを体感した」 (2ページ目)

  • 松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu
  • photo by JMPA

 時間を戻す。午後6時45分。女子52キロ級の決勝戦。詩の相手は天敵のアマンディーヌ・プシャール(フランス)。過去、担ぎ技の肩車に屈したことがある。

 詩は、「肩車がほんとうにうまくて。しっかり対策しながら、自分の柔道をして勝とうと思っていました」と振り返った。

 冷静だった。肩のけが、足首にはテーピングをまいての満身創痍の詩だったが、素早い動きで、担ぎ技につながる相手得意の組み手を許さなかった。延長にもつれこみ、試合開始から8分が過ぎようとしていた。相手の技が決まらず、体勢が崩れた瞬間、相手懐にうまく入って、寝技に持ち込んだ。チャンスを逃さなかった。

 東京五輪は新型コロナ禍のため、1年延期された。その1年間の練習でとくに取り組んだのが、実は寝技の強化だった。

 20秒のカウントダウン。一本勝ち。試合終了のブザーが鳴る。この階級では日本女子初の五輪金メダルとなった。詩は畳を両手でバンバンと何度もたたき、号泣した。記者とのミックスゾーンでは、気恥ずかしそうに述懐する。

「あの時、初めての感覚が舞い降りてきました。喜びを越えた先の喜びを体感したのかなと思います」

 その妹の決勝戦を、兄は控え場所のテレビモニターで見ていた。闘争心に火がついた。一二三が思い出す。

「妹がしっかり金メダルを獲ってくれた。僕自身、もう燃える気持ちしかなかった。プレッシャーとかまったくなくて、ひたすら"絶対に勝ってやる"と。妹からはいいパワーをもらいました」

 午後7時25分。男子66キロ級の決勝戦。一二三は強かった。相手のパジャ・マルグベラシビリ(ジョージア)とはケンカ四つ。パワーのある相手に対し、右つり手を効かした、得意の組み手で勝負に出た。

 開始1分50秒。投げ技に対し、相手の重心が後ろにさがった刹那、得意の大外刈りを決めた。「技あり」を取った。技の連携は猛練習のたまものだった。

 一二三の柔道とは、前に出て、豪快な投げで一本を取る攻撃的なもの。これに技の幅と切れ味が加わった。言葉に充実感がこもる。

「今日は、ほんとうに冷静かつ、闘志を燃やして、自分の一本をとりにいく柔道をすることをテーマに試合をしました」

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