レスリング・文田健一郎が狙う五輪金メダル。父直伝の技で恩返しを (3ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Kyodo News

 リオ五輪で「忍者レスラー」と言われた太田は、素早い身のこなしで相手を投げ続け、決勝に進出。惜しくも金メダルは逃したが、グレコローマンでは2000年のシドニー五輪以来となるメダルを獲得。そしてその試合を見た文田は、ロンドン五輪と同じように鳥肌が立った。

「試合に出られない悔しさはありましたが、それよりも忍先輩が勝ち上がっていくのが本当にうれしくて。いつも同じ道場で練習している先輩が、世界でこれだけ通用するんだというのを見ることができて、自分がやっていることは間違っていないと。これを続けていけば、この舞台に立てると確信できたことはすごく大きかったです」

 リオ五輪以降、文田と太田は同じ階級で競い合うことになる。

 2019年の全日本選手権では、決勝で文田が勝利してカザフスタンで開催される世界選手権の出場権を獲得した。そしてこの大会で決勝に出場すると、東京五輪の60キロ級グレコローマンの代表に内定した。

 試合後、報告しようと太田の前に立ったが、何を話していいのかわからずにうつむいていると、何も言わずにギュッと抱きしめてくれた。

「号泣でした。それですべてが伝わった気がしました」

 決勝戦の前、大田が文田を呼び、相手のクセや動きを、実際に技をかけて丁寧に教えてくれた。

「決勝の相手は以前、忍先輩が戦ったことがあり、ローリングという寝技がすごく強い選手だった。その対処方法を試合直前まで指導してくれたんです。その思いに応えないといけない、忍先輩の分までやるんだという気持ちになりました」

 決勝戦は、その世界チャンピオンであるロシアのセルゲイ・エメリンに5ポイントを先取されたが、得意の投げ技で10ポイントを奪って逆転し、金メダルを獲得した。文田と太田との間には、ライバルという枠を超えた、太く強い絆が結ばれている。

 東京五輪の代表に内定し、昨年も全日本選手権で優勝。すっかりレスリング界の顔になったが、ちびっ子レスラーからは「猫の人だ」と声をかけられるようになった。文田は猫好きで知られており、通称「猫レスラー」と呼ばれている。

「"猫レスラー"って言われるのは、うれしいような恥ずかしいような(笑)。でも、そういうことがきっかけで(自分のことを)知ってくれるのでいいかなって思います」

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