「つないだ手は離さない」。
ボクサー栗生隆寛を引退まで支えた父の思い

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • photo by AFLO


 しかし、粟生は初防衛戦であっけなく王座陥落する。

 スーパーフェザー級に階級を上げ、再び世界戦のチャンスが巡ってきたのは、2010年11月だった。

 粟生のベストバウトの呼び声も高いWBC世界スーパーフェザー級王者ビタリ・タイベルト(ドイツ)との一戦。3Rに粟生が左カウンターで王者からダウンを奪うと、その後も優位に試合を進め、3−0の判定勝ち。日本人7人目となる世界2階級制覇に成功した。

 しかし、リング上の勝利者インタビューで粟生が語ったのは、勝利の喜びや、王者陥落からの努力の日々についてでもなく、「これで長谷川(穂積)さんにつなげられました」の言葉だった。

 粟生の試合の次に控えていたのは、わずか1カ月前に最愛の母を亡くした長谷川のWBC世界フェザー級王座決定戦だった。

 試合後、控え室で囲み取材を受ける粟生。長谷川の試合が始まるのを知ると、「すみません」と記者に頭を下げ、長谷川の応援のためリングサイドに駆け出した。

9 / 13

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る