「つないだ手は離さない」。ボクサー栗生隆寛を引退まで支えた父の思い (8ページ目)

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • photo by AFLO


 敗戦から半年後、2009年3月にラリオスとのダイレクトリマッチが決まった。

 ゴングと同時に前に出る粟生。腹は決まっていた。

「リスクを背負わなければ勝てない。何かを得るためには、何かを捨てなければいけない」

 試合は再びフルラウンドまでもつれる。残り10秒を告げる拍子木がなると、粟生はすべてを出し尽くさんとばかりに、さらに前に出た。そして試合終了のゴングが鳴り響くと、リングに倒れ込み突っ伏した。

「倒れこんだのは、喜びのあまりというより、胸を張って『勝った!』と思えた瞬間、全身の力が抜けたんです。腰が抜けたって表現が一番近いと思います」

 判定3−0。

 リング上でチャンピオンベルトを巻く息子を、広幸さんは客席から見つめていた。

「まさか本当に世界チャンピオンになれるなんて。不謹慎な表現ですが、あの瞬間、死んでもいいと思いました。ああ、きっとこの後の人生で、この瞬間よりうれしい瞬間は訪れないだろうなと」

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