伝説の「グレイシーハンター」誕生20年。みんな桜庭和志の虜になった (3ページ目)

  • 佐瀬順一●取材・文 text by Sase Jun-ichi
  • 長尾迪●撮影 photo by Nagao Susumu


 その後、所属する団体が活動休止したため、桜庭は高田が設立した高田道場所属となり、PRIDEに参戦。桜庭はPRIDEでも次々に外国人格闘家を撃破し、1999年11月21日の『PRIDE.8』でヒクソンの弟であるホイラー・グレイシーと対戦することになる。

 当時85kgだった桜庭は、69kgのホイラーとの対戦は乗り気ではなかった。だが、ホイラーのゴリ押しで対戦が決定する。

 そのグレイシー特有の強引さに、桜庭は腹を立てた。結果、試合は終始ホイラーを圧倒したうえ、ガッチリとチキンウイング・アームロックを極めてみせる。これ以上やったら腕が折れてしまうというところで、レフェリーが試合をストップした。

 階級が違うとはいえ、あのグレイシーにプロレスラーである桜庭が完勝したのだから、大事件である。しかも桜庭は、またしても試合後のマイクで「お兄さん、次はぼくと勝負してください」と、高田に勝ったヒクソンに対戦要求したのだ。

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