2020.01.22

内柴正人はアテネ五輪柔道66kg級金メダル
獲得になぜ感動できなかったのか

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 内柴は、階級を変更した当初は66kg級で戦うのが怖かったという。力負けする相手を、動きで崩してから技に入らなければいけないが、それがうまくできないのではないかと思っていたのだ。だが、慣れてくるとたった6kg重いだけでも相手の動きが遅く見えてきた。日本の60kg級で勝負してきた「自分の動きに相手はついてくることができず、技にも入りやすい」と感じるようになった。

「最軽量級の選手は、攻めることに関しても守ることに関しても超一流だと思っているから、そのプライドはありました。60kg級では技術のない自分でも、練習と研究をやっていけば必ず追いつける、この柔道で攻め通せば何とかなる、そう信じて続けてきました。本当に66kg級は違いましたね。60kg級の時は5分間競って、小さいポイントでも取って勝てばいい、という柔道をしていたので、オール一本勝ちをしたことはなかったんです。それなのに今回は、2分以内で全部一本勝ちですからね」

 何もかもが初めて経験することばかりだった、というアテネ五輪。思いもよらぬ快進撃の結果について、内柴は目を輝かせながら話した。自ら「才能がない」と言う彼は、普通の練習なら中学生と張り合う程度の力だと苦笑する。だからこそ、トップで勝つためには相手を研究して技を組み立て、自分のリズムをつくり上げる作業が必要だと考えた。

 それに見合った練習量も必要だったが、体力を上げて戦おうと練習をすれば、筋肉もついて体重は重くなる。60kg級時代、内柴は毎回の減量が10kgにおよび、幻覚が見えるほどの過酷な減量を10年近く繰り返していた。それほどまでに、60kg級で頂点に立ちたいと思っていた。だからこそ、66kg級に変更したアテネでは、その頃の自分のためにも金メダルを獲ると決意していた。

「昔は、体力を上げながら体を小さくして、その中で戦おうとしていました。でも、今はどんどん大きくなろう、力強さもスピードも全部上げていこう、という作業だけだから、本当に楽しいですね。メダルを獲りにいくだけなら60kg級でもよかったかもしれないけど、本当の強さを求めるという点では66kg級に上げて正解でした。これまでとはまったく違う楽しさがありますよ。この階級は天才じゃなくても試合で勝てますから(笑)」