井上尚弥、ドネア戦勝利で世界の中心へ。
「壁」を乗り越える力も得た

  • 瀬川泰祐●取材・文 text by Segawa Taisuke
  • photo by YUTAKA/AFLO SPORTS

 井上が試合を決めにいくかと思われたが、第6ラウンド以降はドネアの左フックを警戒してか、深追いはしない。お互いにパンチが当たるギリギリの距離感での高度な技術戦に、ファンが魅了されていた第9ラウンド、今度は井上に試練が訪れる。ドネアの強烈な右ストレートが、井上の顎にクリーンヒットしたのだ。井上の足が揃い、膝が落ちかける。すぐさまクリンチで逃れようとする井上。これまで見せたことのない姿だった。

 それを強引に振りほどき、攻撃に出ようとするドネア。まだ残り時間は2分近くあった。おそらく井上は、これまでのボクシングキャリアの中で、最大の試練を迎えていたはずだ。だが、ガードをあげながら、ドネアに、「来い」と両手でジェスチャーを出す。ドネアもまた、井上のカウンターを警戒して、攻め切ることができず、そのままラウンドは終了した。

 続く第10ラウンド。井上は劣勢を受け入れて終わる男ではなかった。ラウンド終盤に井上の右のショートフックが連続してドネアの顔面を捉える。ドネアの頭が大きく揺れ、動きが鈍ってきたようにも見えた。何かが起こる気配を感じた観客が大いに沸き出し、11ラウンドは前ラウンド終盤の流れのままに、開始から井上が攻勢に出た。

 面白いように井上のパンチが当たり始め、ナオヤコールが起こる中、井上の内臓をえぐりとるような左フックのボディが炸裂する。苦悶の表情を浮かべたドネアは背を向け、ついに両膝をついてダウン。観客は総立ちで、拳を天に向かって突き上げた。レフリーのカウントがゆっくり進み、「これで終わった」と思ったが、百戦錬磨のドネアは、テンカウントギリギリで立ち上がった。一気に勝負を決めにかかる井上。瀕死のドネアも、あわやというカウンターの左フックを振るう。ドネアの強い意思を感じたラウンドだった。

 そして迎えた最終12ラウンド。会場全体はこの日一番の"ナオヤコール"に包み込まれた。井上が前に出れば、劣勢のドネアも最後の力を振り絞って力強いパンチを繰り出す。意地と意地、高い技術と技術の応酬に誰もが息を飲む。最後は両者が体をぶつけ合い、抱き合うようにしてラウンド終了のゴングを聞いた。

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