井上尚弥、ドネア戦勝利で世界の中心へ。「壁」を乗り越える力も得た (2ページ目)

  • 瀬川泰祐●取材・文 text by Segawa Taisuke
  • photo by YUTAKA/AFLO SPORTS

 日本には井上フィーバーが巻き起こった。WBSS決勝戦の前売り券2万枚は完売。国内で開催されるボクシング興行で、2万人を超える観衆を集めたのは、2009年に行なわれた内藤大助vs亀田興毅戦以来、実に10年ぶりのこと。しかも、因縁めいた日本人対決とは異なり、井上の強さに注目が集まったのだから、この2万人という数字は、それ以上の価値がある。

「井上尚弥の圧倒的な強さを見たい」

 そんな期待と興奮が入り乱れた異様な空気の中、バンタム級の最強王者決定戦は始まった。

 1ラウンドの立ち上がりは、ジャブを出しながら互いに距離やタイミングを測りあう予想どおりの展開に。井上は、やや硬さが見られるものの、まずまずの立ち上がりのように見えた。そして1分を過ぎたあたりから試合が動きだす。ふたりが同時に左フックを放つも、一瞬速く井上の拳がドネアの顔面を捉える。それでも構わず前に出てくるドネアに対して、井上はフットワークを使いながら、時折、回転の速いコンビネーションを繰り出してプレッシャーを跳ね返した。このまま順調にいけば、早期決着も十分にある展開のように思えた。

 続く第2ラウンドに、試合はさらに大きく動く。井上が右ストレートの直後に放った左フックがドネアのこめかみを捉えると、たまらずドネアがよろけた。それを見逃さずに攻める井上が、左ショートフックを出したところに合わせるように、ドネアの強烈な左フックが井上の顔面にクリーンヒットした。

 井上の顔が大きく歪む。この一撃で井上は、右目まぶたから出血。試合後のインタビューによれば、この時から「目がぼやけて、ドネアがふたりに見えていた」という。有効打によるカットのため、レフリーが続行不能と判断すれば、TKO負けになってしまう。以降、井上は傷口を広げないために、ガードを高く保ちながら試合を進めざるを得なくなってしまったのだ。

 しかし第5ラウンド終盤、ドネアのジャブの打ち終わりに合わせた、井上のノーモーションの右ストレートが、ドネアの顎を撃ち抜いた。ドネアの腰がガクッと落ち、ヨロヨロと後退する。明らかに効いていた。井上は距離を一気に詰め、左右のパンチを強振してドネアに襲いかかる。あわやKO決着というシーンだったが、無情にもラウンド終了のゴングに阻まれた。「あと1分あれば......」と思ったのは筆者だけではないだろう。

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