2019.08.14

アトランタ五輪柔道代表、
中村三兄弟がずらりと並んでメダル獲得

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 前年の世界選手権では、最終選考会で兼三を2対1の旗判定で破って出場していた秀島が優勝した。それだけに、「彼に勝てるなら自分も勝てるはず」という思いで臨み、準々決勝までの3試合は一本勝ちで勝ち上がった。そして、準決勝ではなかなか前に出てこないボルバタール(モンゴル)が残り3分で指導3の"警告"を与えられるなか、冷静に対処して残り1分45秒で"有効"を奪って優勢勝ち。

 95年世界選手権2位の郭大成(韓国)との戦いとなった決勝では、両者がなかなか技を出せず、残り2分50秒に2回目の指導で"注意"を受けた兼三は、指導1の郭に対して劣勢になった。だが、残り7秒で郭に指導が出て追いつくと、旗判定により2対1で勝利して、男子金メダル第1号になった。

「紙一重の差だったが、この階級は飛びぬけた選手がいないから、だれが優勝してもおかしくないと思っていた。組み合わせが決まった時から、優勝するのは自分しかいないと思っていた」と、兼三は朗らかな表情で話した。

 最後の行成はこれまでの実績から、男子チームの中で最も金メダルに近い存在と見られていた。連覇を狙った前年の世界選手権は2位で終えたが、「あの頃は『変な試合をしちゃいけない』『投げられちゃいけない』という気持ちが強くて、動きが硬くなっていた。それまでは挑戦者という意識だったが、世界王者になってからは、負けられない、という気持で受けに回っていた」と話し、すでに気持ちが切り替わっている様子が覗えた。

 だが、初戦の2回戦でアクシデントに見舞われた。相手は、国際大会で2勝し警戒をしていたマツィエフ(ロシア)との対戦。行成は着々とポイントを取ってリードしていたが、終了間際に"待て"がかかったあと、みぞおちにヒザを入れられてしばらく動けない状態になったのだ。それでも、本人が「そのあとの2試合はその影響があったが、まだ楽な相手だった」と話したとおり、"注意"による優勢勝ちと1本勝ちで準決勝へ進出した。