田中恒成vs田口良一。一度は白紙も奇跡の実現へ。その軌跡を追う (4ページ目)

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • photo by AFLO

「メリンド戦は統一戦だったこともあり、モチベーションが高かったんです。ブドラーとの試合は、どこかフワフワしているような変な感じがずっとしていました。対戦相手の映像を見て、プロ32戦目にして初めて、『あ、いけるな』と思ったんです。今、思えば、あれが慢心だったと思います。

 試合当日、リングに上がってブドラーと対峙しているのに、『これから本当に試合が始まるのか?』と、どこか集中しきれませんでした。負けるべくして負けたなと」

 その日、田中は畑中会長の息子の試合を応援するため、静岡にいた。携帯の速報で田口の敗戦を知り、言葉を失う。

「負ける相手じゃないのに......」

 敗戦後、周囲から再起を期待されたが、田口の心は引退に大きく傾いていた。

 田口の試合の解説をしたジムの先輩、元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志は「1回負けたことでくよくよするタイプではない。これでまた強くなると思う。あきらめずに復活するはず。応援したい」とスポーツ新聞にコメントを寄せている。しかし、その記事を読んだ田口は、心の中で「すみません。辞めます」とつぶやいた。

 引退し、飲食店を開業しようと考えた田口は、ビジネス本を購入して勉強を始める。冷酷なまでに対戦相手を追い詰めるリング上の姿からは想像もつかないが、田口良一の本質は優しい。

「ボクシングをしていなかったら、飲食関係や医療系、介護など、人が喜んでくれたり、誰かの役に立つ仕事をしていたと思います。引退したら、そういう方面の仕事をしようと思っていました」

 しかし、日に日にボクシングへの想いは募っていった。

「あれで最後なら、後悔するだろうな」

 ブドラーにリベンジするため、田口は復帰を決める。しかし、新たな試練が田口を襲った。

 契約時のオプションがあったため、ブドラーとの再戦は叶うはずだった。再戦すれば、勝つ自信もある。しかし、その後は?

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