蘇った闘争本能。逆転Vの伊調馨の原点は、姉からもらった言葉 (3ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

 その姿を見た父は、亡き母ととともに、何があろうと大好きなレスリングに打ち込んできた娘に拍手を贈った。兄も「昨日は出られなかった半歩をしっかり出してきた。妹ながらすごい奴です」と称賛。そして、北京オリンピックまでともに戦ってきた姉・千春は、妹の国内試合で初めて泣いた。

「チビッ子レスリングのころから、澤内先生のもとで『残り30秒の練習』を欠かさずやってきたので、勇気を振り絞って、最後にそれを出しくれました」(千春)

 勇気......それを教えたのは、千春だった。2004年のアテネオリンピック決勝戦、「相手の返し技を恐れて攻められず」銀メダルに終わった千春は、表彰台から駆け下りたあと、姉の敗戦で呆然としていた妹の両肩をつかんで言った。

「勇気を持って戦うんだよ」。あの時の言葉が、伊調馨の原点だ。

「本当に大きな一歩だったと思うので、この一歩を無駄にしたくない。伸びしろはまだある。感覚をすべて取り戻したうえで進化していきたい」

 試合後、伊調は東京オリンピックへの決意を固めた。

 一方、敗れた川井は「馨さんは2年のブランクがあっても強かった。1番にならないと代表にもなれないし、オリンピックにも出られない」とコメント。半年後の全日本選抜に向けて、川井はどう立て直してくるか。

 リオデジャネイロオリンピック前、川井は「オリンピックに出て、実績をつくることも大事」と栄和人監督(当時)に説得されて、伊調の出場する58キロ級から63キロ級へと変更して金メダルを獲得した。現在、その階級には「姉妹でオリンピック出場」を誓い合い、今大会で優勝した妹・友香子(至学館大)がいる。

 今の57キロ級でも減量がきついため、さらに階級を下げることは無理だろう。東京オリンピックに出場するためには、伊調を倒すしかない。後がなく、他の道もないが、可能性はまだ残されている。

 来年6月の勝負の行方はわからない。ただ今、確実にわかっていることは、伊調馨と川井梨紗子、どちらが東京オリンピックに出場しても、女子57キロ級で日本が金メダルを獲得することは間違いない、ということだけだ。

3 / 3

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る