2018.12.24

米国でのもてなしに大仁田厚、感激。
7度目の復帰で邪道の次なる野望

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by Hiraku Yukio/AFLO

 海外で成功するカギを、大仁田は"個"と表現した。

「言っておくけど、オレはひとりだからね。オファーも会社を通してじゃなく、オレに直接くるんですよ。大事なのは"個"だと思いますよ。過去にオレは批判を浴びて『邪道』と言われたけど、自分が信じたデスマッチをやり続けたんです。そこにオレにしかない個というオリジナル性があったから、今、海外で評価されているんだと思うんですよ。

 サラリーマンだって、会社があるけど、なんだかんだ言って最後は"個"でしょ。今は個人の発信力が問われている時代だし、"個"として評価されないと後になっても評価されないと思う。オレなんか、いつも崖っぷちで生きてきましたよ。だけど、それが自然に個性を磨くことになったんじゃないかな」

 一方、国内に目を移すと、大仁田の復帰2戦目となった12月2日の試合では、元週刊プロレス編集長のターザン山本やタレントで振付師のラッキィ池田たちと対戦する「破天荒マッチ」を実現させた。こちらも、7度目の復帰を発表した時と同じように、ネット上で猛烈な批判を浴びた。

「ターザンとかラッキィとか来年もどんどんリングに上げて行きたいね。ハッキリ言うけど、オレはやりたいことをやっているだけ。どこの世界でも誰かが型にはめようとしたり、自ら枠を決めて窮屈になったりする人がいるけど、人生一回なんだから、やりたいことをやればいい。タバコ吸いたければ吸えばいい。ただ、ポイ捨てはやめましょうって(笑)。

 プロレスの面白さって何かと言えば、非日常じゃないのかな。当たり前のことをリング上でやっていたって面白くないんだよ。勝ち負けを超越した生き様が垣間見えたり、ありえないことが起きるのがプロレスの面白さじゃないの。だからオレは復帰した。それに、やっぱりリングが大好きなんだな、オレは」

 今年は4月に佐賀県神埼市の市長選に出馬するも落選し、一時は路頭に迷ったという。それでも復帰を決めてからすべてが好転してきたと明かす。今も佐賀県内に住む大仁田は、流れが変わったきっかけを「地方の魅力に気づいたからだ」と振り返る。

「3カ月前まで、『どうやって生きようか』と思っていたけど、それが好転した。地方に住んでみて、今から地方の時代と気づいた。ずっと東京にいたら、まったく見えなかったことだったと思う。復帰して"ボランティアレスラー"と名乗ったからには、地方で試合をして、『プロレスは楽しいんだよ』と伝えたい」

 来年のテーマを「町おこし!」と笑顔で言い切る大仁田は、海外と地方で「やりたいように」プロレスの可能性を追求しようとしている。

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