【国際プロレス伝】アメリカ遠征で育まれたアニマル浜口のラブロマンス (3ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • photo by AFLO, Sano Miki

自宅でのふたり。今も仲睦まじいアニマル夫婦自宅でのふたり。今も仲睦まじいアニマル夫婦 話は脱線するが、アニマル浜口にはアメリカ武者修行中に、熱いラブロマンスがあった。お相手は、結婚する前の初枝さんだ。

「また僕の話なんですが......。ラッシャー木村さんに引き合わせてもらったあと、彼女の店に通い詰めていましたが、まだきちんと想いを告げることができないうちにアメリカへ行くことになりまして。1972年の冬ですかね。吉原(功/よしはら・いさお)社長の命令だから、『彼女ができたから行きません』なんて口が裂けても言えないし。でも、彼女が羽田空港まで見送りに来てくれたので、社長やみんなにも付き合っているのはバレバレ。

 当初、僕はアメリカから手紙を送っていました。彼女も毎日のように手紙を書いてくれて、しかも『日本が懐かしいでしょうから』と、日本の歌が入ったカセットテープやインスタントラーメンを添えてくれていました。ただ、僕はだんだん手紙だけでは満足できなくなり、国際電話をかけるようになりました。ファイトマネーが入ると長電話ばかりしていたから、1ヵ月の電話代が当時のお金で30万円を超えるようなこともあってね。

 それから一度だけ、1週間ほど休みがあったので、ハワイでデートすることになったんです。そのとき、実は映画出演の話がありまして、バーン・ガニアが『ザ・レスラー』という映画をつくっていて、『空手家の役で出てくれ』と言われていたんです。だから、『(映画の件で)日本の会社から戻ってこいと言われた』と嘘をついてインディアナポリスを抜け出しました。彼女は日本から、僕はシカゴ経由でハワイへ。いやぁ、何ともお恥ずかしい」

(つづく)
【連載】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

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