【国際プロレス伝】キャデラックで
東京→三島を1時間。死ぬかと思った

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya

「『俺が運転して、なんでお前がふんぞり返ってんだ』ってよく言われましたよ。僕は悪いなと思って、小さくなっているつもりだったんですけど。あのころ、草津さんは静岡県の三島に住んでいたんですが、東京から140kmぐらい距離がありました。もう時効だから言っちゃいますけど、草津さんはそれを1時間ちょっとで行っちゃうんです、猛スピードで。

 助手席に乗せてもらって三島へ何度も行きましたが、あるとき、高速道路をいつものようにぶっ飛ばしていると、前方のトラックからベニヤ板が飛んできてね。こっちのフロントガラスにピタッと覆いかぶさったんですよ。そう、前がまったく見えない。

 僕はね、『しまった。死ぬな』と覚悟しました。しかし、草津さんはまったく動じない。すると、スーッとベニヤ板がフロントガラスからすべって後方に飛んでいきました。草津さんという人は、度胸があるというか、肝が据わっているというか......すごい人でしたよ」

「国際プロレス四天王」といっても、アニマル浜口にとって付き合いがあったのは、グレート草津とラッシャー木村だけだった。ストロング小林やサンダー杉山とは時代的にすれ違いで、ほとんど話す機会がなかったことを、浜口は「もったいなかった」と惜しんでいる。

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