熊本初の世界チャンピオン福原辰弥。
地方ジムが挑んだ手づくりの闘い

  • 古屋雅章●文 text by Furuya Masaaki

 6ラウンドが終わり、コーナーに戻ってきた福原の心は折れかけていた。本田会長は「パンチが効きよったんだろうね。こちらが声をかけても小さい声でぼそぼそ返すから、ここで折れたら終わりばいと思い『気合い入れろ!おまえ、世界チャンピオンになるんだろ、腹から声出せ』とハッパをかけた」という。そして福原の体をバチン、バチンと叩くと、福原は「ハイ!」と大きな声で叫び、7ラウンド目の戦いのためにリング中央に歩きだしたのだった。

 カジェロスが前に出て大きな左右のフックを当てにくれば、福原が左のカウンターとボディ攻撃で巻き返すといった展開が、この試合を通しての大きな流れだった。本来、福原のようなサウスポーに対して右のパンチは当てにくいものだが、カジェロスのリーチが福原より10cmも長いため、右のオーバーハンドが左顔面に当たる。その容赦ない右のパンチで、7ラウンド以降、福原の左目は大きく腫れ、塞がっていった。

 その福原が、9ラウンドに「この試合で一番手応えを感じた」というボディを入れると、カジェロスの前進が止まったかと思われた。しかし、カジェロスも10ラウンドに猛反撃で福原を追い詰める。気持ちを入れ直した両雄の最後の2ラウンドは壮絶な打ち合いになり、11ラウンドは福原が、最終ラウンドはカジェロスが取った。ほとんどクリンチのない、12ラウンドを打ち合いに終始した「気持ち」と「コラソン」とのぶつかり合いに、熊本の観客は熱狂した。

 ただ1人、海外のメディアとしてこの試合をリポートしにきたアメリカ最大のボクシングサイト「Fightnews.com」のデービッド・フィンガーは、ボクシング界で「史上最高の打ち合い」と称されるアルツル・ガティとミッキー・ウォードの戦いを引き合いに、「この試合はすでに、今年の年間最高試合と言ってもいいだろう」と自らの記事に書き、全世界に配信した。

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