熊本初の世界チャンピオン福原辰弥。地方ジムが挑んだ手づくりの闘い (3ページ目)

  • 古屋雅章●文 text by Furuya Masaaki

 そんな地方ジムならではの苦労を味わう福原を支えるのは、日本王者になった約5ヵ月後に起こった震災の経験と「努力に勝る才能はない」という言葉だ。

「本震の後も余震がたくさんあったので、一週間は車で寝泊まりしました。仕事がない日にごみ処理のボランティアに行ったら、町の状態も酷くて。人生観......。変わりますよね。何もやらんで終わるのは嫌だなと。自分にはセンスがあるわけじゃないし、パンチ力があるわけじゃない。カウンターがうまいわけでもないので、それをカバーするには努力しかないと思っています」

 試合前に、「やり残したことはないか」と聞くと、福原は「ないです」と言い切った。

 一方、対戦相手のカジェロスは、21日の予備検診で約4kgオーバーだった体を、前日計量では福原と同じ47.4kgにキッチリと絞ってきた。そして秤を降りるや否や、コーラを一気に飲み干した。帽子のつばが真っ直ぐなフラットキャップを被ってイヤフォンをしている姿は、ロサンゼルスあたりのヒスパニック・ギャングのようでもあったが、聴いていた音楽は意外にも、イタリアの盲目テノール歌手、アンドレア・ボッチェリのオペラだった。

 さらに驚くことに、彼は大学卒で機械工学の学位を持っており、チェスプレーヤーとしての顔もあるという。意外性満載のメキシカンに、「明日はどんな手でチェックメイトを目論んでいるのか」と問うと、「コラソン」と返した。コラソンとはスペイン語の「心」「心臓」の意味で、ラテン系の人が愛情や根性を示すときによく口にする言葉である。

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