男子柔道、全階級でメダル。井上康生が見せた指導者としての才覚 (2ページ目)

  • 柳川悠二●文 text by Yanagawa Yuji
  • photo by JMPA

 残念ながら福見は、銅メダル獲得はならなかったが、担当でもない女子の選手にわざわざこういう声をかけられる人間こそ、チームを束ねる監督にふさわしい人物像だろう。

 同日、当時の男子監督である篠原信一と、強化委員長だった吉村和郎は、銀メダルを獲得した男子60kg級の平岡拓晃が表彰台に立つ姿を見ることなく宿舎に戻り、翌日になってようやく労(ねぎら)いの言葉をかけただけだった。

 とりわけシドニー五輪で"誤審"によって銀メダルに終わった篠原は、日本の柔道家が金メダルを逃す悔しさを誰より知っている柔道家であるはずだ。だからこそ、夢破れた選手には、誰より先に労いの言葉をかけ、未来に向けて背中を押す一言をかけてやるべきではなかったか。どこの世界に、メダルを獲得した選手に健闘を讃える言葉すら投げかけない指導者がいるだろうか。 

 こういう首脳陣の体質が、金メダルゼロの大惨敗を招いたと思わざるをえなかった。敗者の気持ちに立てる人間こそ良き指導者であり、それにふさわしい人物が井上だった。

 ロンドン五輪が開催された4年前は、強化合宿が頻繁に行なわれていたが、ひたすら「量」をこなす稽古にオーバーワークに陥(おちい)る選手が後を絶たず、選手の不満は鬱積していた。さらに数人のコーチがチーム全体を指導するような指導体制に「これで本当に五輪を戦えるのか」という疑念が選手の間に渦巻いていた。

 もっと目的別の合宿を行なった方がいいのではないか。担当コーチ制にして、コーチと選手が密な関係を築き、外国人選手対策を練るべきではないか。井上は「担当コーチ制」の再導入を首脳陣に訴えたが、却下された。当時の首脳陣と選手の板挟みに井上はあっていたのだ。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る