【ボクシング】荷物番だった内山高志を変身させた「大学1年の夏」 (5ページ目)

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro

Uchiyama TakashiUchiyama Takashi 真夏の必死は、秋の番狂わせを生む。

 11月の全日本選手権の2回戦、内山は同じ大学のエース級の3年生と対戦。内山は勝利した。その後、内山はレギュラーに昇格し、大学2年からは全日本候補の合宿に呼ばれるようにもなった。そして大学4年、ついに全日本選手権で優勝。初めて日本一を経験する。また、夢だった五輪出場こそ叶わなかったものの、プロに転向して2010年にWBA世界スーパーフェザー級王者となる。今年5月には10度目の防衛に成功し、6月にはアメリカの老舗ボクシング専門誌『リングマガジン』が選定する「パウンド・フォー・パウンド(全階級を通じての最強選手)」で、10位に入る快挙も成し遂げた。

「今の僕の姿を、高校や大学時の先輩、後輩、監督......、誰も想像しなかったんじゃないですか。もちろん、僕自身も想像してなかった。街を歩いていて声をかけていただくことがあるんですが、いまだに、『え、俺なんかに声をかけてくれるの?』って不思議な感覚になりますね(笑)」

 恐れず、驕らず、侮らず――。

 花咲徳栄高校の部訓は、まさに内山高志を表すかのようだ。

 ただ、厳密に言えば、何者でもなかったころの内山は、負けて何かを失う恐怖などなく、驕るほどの戦績も、敵を侮るほどの余裕もなかった。

 19歳から25歳までのすべての夏、内山は代表候補合宿に費やした。夏と言われて思い出すのは、バーベルを持ち、シャドーを繰り返し、全身の毛穴から汗が吹き出た日々だ。

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