小橋建太、笑顔の引退。「プロレスは自分の青春でした」 (3ページ目)

  • 長谷川博一●取材・文 text by Hasegawa Hirokazu
  • 平工幸雄●写真 photo by Hiraku Yukio

 小橋が「プロレスの先生」と呼ぶジャイアント馬場さんはシリーズ中に風邪をこじらせ、検査を受けたらガンが見つかり、そのまま帰らぬ人となった。「兄貴分」と呼ぶ三沢光晴は試合中のリング上で命を落とした。いずれも引退試合を経験していない。志半ばでリングを去る小橋の悔しさは察するに余りあるが、少なくともその点だけは幸福なのではないか、とも考える。小橋は最後の試合に臨み、そして生きてこの世界に戻ってきた。それは素晴らしいことじゃないか。試合後の控室で、一問だけそんな質問を投げかけた。

「プロレスラーって正式な引退試合をしている人は少ない。僕がちゃんとした引退試合ができたら、それも後輩への一つの道標になるかなと思いました。今日は天国にいる馬場さんと三沢さんに届くように、心の中で"今日で引退します"と告げました」

 小橋建太はこんな風に人の心を素直にさせ、うち震わせる。"泣けました!"なんて言葉で宣伝する日本映画にロクな物はないが(単なる私見)、この日、小橋のせいで会場に大量に流れた観客の涙は、価値ある浄化の涙だったに違いない。

 フィニッシュはロープ最上段からのムーンサルト・プレス。昨年はこの技を出して足を骨折している。小橋がロープに上り始めた時、僕は内心"やらなくてもいいのに......"と思った。しかし小橋は試合を決め、怪我をした様子を見せずに立ち上がった。その時自分を含めた大観衆が、ほっと胸を撫で下ろしたような気がした。そこに生まれた、ほっとした気持ちが小橋建太の幕引きを"祝う"ムードを生んでいった。小橋建太を持ち上げ、いじめたプロレスの神は、おしまいの時間だけ痛み止めの魔法をかけたのかもしれない。

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