人気ロックバンドからゲームYouTuberに変身。動画100万再生超えのたいぽんが語る自身と「FIFA」の魅力 (2ページ目)

  • ハル飯田●文 text by Haru Iida

 なかでも思い出のチームはリバプール。2005年に欧州王者としてFIFAクラブ世界選手権(現FIFAクラブワールドカップ)のために来日して以降、その魅力に引きつけられた。「カッコよかったですね。最初に買ったユニフォームはリバプールのフェルナンド・トーレスのもので、他にも(ピーター・)クラウチとかジブリル・シセ、(ディルク・)カイト、あの時代のチームは今でも好きです」と、すらすら名前が挙がる。自然とサッカーゲームにも熱が入り、学校から帰れば友達と対戦する日々が青春になった。

FIFA22のリバプール © 2021 Electronic Arts Inc. Official FIFA licensed product.© FIFA and FIFA's Official Licensed Product Logo are copyrights and/or trademarks of FIFA. All rights reserved. Manufactured under license by Electronic Arts Inc.FIFA22のリバプール © 2021 Electronic Arts Inc. Official FIFA licensed product.© FIFA and FIFA's Official Licensed Product Logo are copyrights and/or trademarks of FIFA. All rights reserved. Manufactured under license by Electronic Arts Inc.この記事に関連する写真を見る

 そして同じ頃、リバプールと変わらぬインパクトを与えたのが、音楽だった。ベースを演奏する友人の姿に憧れ、祖父に頼んで買ってもらった楽器に夢中になった。高校では軽音楽部に入り、さらに音楽に打ち込んだ。

 卒業後はプロのミュージシャンとなる道を模索し、モデルや芸能事務所のオーディションも受けてみたが、合格しても高額なレッスン料が必要になり、資金繰りを考えなくてはいけなかった。そこで、なんとか自分の知名度を挙げつつ、稼げる手段はないかと手をつけたのが、YouTubeへの動画投稿だった。

「まだ当時は『YouTuber』って言葉も浸透していなかったんですけど、ヒカキンさんのように既に有名な方もいて、ファンとして動画を見ていたんです。当時は『スマホだけで有名になれるかも』って感覚で、本当に生活していけるようになるとは思っていませんでした」

 内容は、「YouTuberって知ってますか?」という街頭インタビューをやったり、今でこそメジャーになった「やってみた」系の動画をアップしたりしていた。そのチャレンジが功を奏し、たいぽんはYouTuberとして大いに人気を博す。遂にはバンド「SEIZE THE DAY」としてメジャーデビューを果たし、念願だった音楽の道にも進むことができた。

 残念ながらバンドは解散してしまったが、音楽活動に一区切りがついたことを転機に、再び動画投稿をメインに活動していくことを決め、今度は「好きなことをやろう」とゲーム実況に力を入れ始めた。題材にはもちろん、多忙を極める仕事の裏でも毎回発売日に買いに行くほど愛のあった『FIFA』を選んだ。

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