男子バレー大塚達宣が「控えメンバー」として見た東京五輪。「悔しさもあるけど、だからこそ『ここで終わりじゃない』と思えた」 (3ページ目)

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari
  • photo by Hino Chizuru

髙橋藍との会話、清水邦広から学んだこと

――東京五輪で活躍した髙橋藍選手にインタビューした際、「達宣さんがいてくれたからこそ、五輪期間を過ごすことができた」と話していたのが印象的でした。毎日いろんなことを話しながら励ましてくれたエピソードを語ってくれましたが、悔しさもあるであろう中でそういったサポートができるのはすばらしいですね。

「僕はアドバイスというほどのアドバイスをしたつもりはありません。試合は常にベストメンバーで臨みます。あの時のチームが勝っていくには、髙橋選手のプレーが必要だったんです。だから、彼が少しでもいいパフォーマンスをしてくれたらいいな、と自然と思うことができました。『出られない悔しさは次につなげよう』と。

 髙橋選手とは東京五輪の前の代表合宿やネーションズリーグでも、ちょっとしたプレーやメンタル面のことなどを毎日話していました。オリンピック期間だけ特別、ということではないですね」

――少ない出場機会ではありましたけども、五輪を経験したことによって得られたものがあったら教えてください。

「外から見ることが多かったですけど、海外の選手がネーションズリーグとかと比べて、目の色が全然違いました。オリンピックにかけている思いがすごい強かった。それは日本も変わらないと思うんですけど、海外の選手は表情、雰囲気の作り方、気合いの入れ方も本当にすごいなと思ったので、そういう点は勉強になったと思います」

――早稲田大学監督の松井泰二先生からお聞きしたところでは、清水邦広選手から学んだことも多かったそうですね。

「スタートじゃないメンバーは一緒にいる時間も長いですし、清水選手ともコミュニケーションを多くとることができました。清水選手はチームで唯一のオリンピック経験者でしたし、『オリンピックとはどういうものか』といったことも選手間のミーティングでも積極的に話してくれました。大会を通して、自分の経験をチームのプラスに、という行動を徹底してくださったのはとても心強かったです」

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