2020.06.23

西田有志は、なぜ高校からVリーグという
異例の道を選んだのか

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari

 結果、第3セット、第4セットを松阪工業に奪われ、夢は潰えた。王者の牙城を崩して全国に行けたのは、3年時のインターハイのみ。西田は中学時代に松阪工業からも誘いを受けていたが、「(松阪工業に)入っていたら何回も全国に行けた、と思ったことはないです」と断言する。

「もともと海星も三重県では上位のチームでしたが、松阪工業と全国出場をかけて戦えるチームにまでなった。それだけでも満足感がありましたね。松阪工業には試合中にもいろいろ考えながらプレーしている選手が多かったので、僕も楽しかったですし、たくさん勉強させてもらいました」

 この春高予選の決勝が高校ラストゲームになった。しかし西田は、「もちろん悔しかったですけど、ちょっと複雑だったというか、気持ちがごちゃごちゃしていた」という。同年10月に内定が発表されていた、ジェイテクトSTINGSでの活動がすぐ後に控えていたからだ。
 
 日本の、特に男子バレーは大学を経て実業団入りをする選手がほとんどだ。高校からサントリーサンバーズに入団した越川優のような例もあるが、Vリーガーとは体力、技術の差が出やすい。インターハイでも活躍した西田には大学からもオファーが届いていたが、選んだのはVリーガーになる道だった。

 きっかけは2年時の2016年6月に行なわれた、東海地方の高校が集まる「東海総体」だった。

 当時、海星がたびたび練習試合を行なっていた星城高校の選手の中に、ジェイテクトSTINGSのスタッフの息子がおり、「めちゃくちゃすごいから見てよ」と西田のことを話したという。それがほかのスタッフにも伝わって、「どれほどのものなのか?」と、ジェイテクトSTINGSの寺嶋大樹総監督(当時。現スーパーバイザー)が大会の視察に訪れたのだ。