2020.06.16

西田有志が母に怒られて凹んだ日。
「一番の挫折を味わった瞬間」

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari

 10月に岩手で開催された国体の三重県代表メンバーも、ほとんどがヴィアテイン三重の選手だった(結果はベスト16)。結果を残していたU-19チームだったが、部活動がある中で人数集めに難儀したこともあり、この国体終了後に解散となった。

 西田は、同時に日本代表のユース合宿でも腕を磨いていた。

 ユース入りのきっかけは高校2年時の春、海星高校バレー部が行なった練習試合にあった。相手は、石川祐希らを輩出した星城高校と、元日本代表キャプテンの荻野正二や清水邦広を輩出した福井工大福井高校。その試合で西田の活躍に目をつけたのが、福井工大福井の西田靖宏監督だった。

 西田監督は、西田本人には「いい名前だね(笑)」と同じ名字であることを話しただけだったが、星城高校の竹内裕幸監督に対しては「あれは逸材ですね」と驚きを隠さなかった。竹内監督はユースのコーチも兼任しており、当初は西田をユースメンバーに入れる構想はなかったが、西田監督が「彼はもっと上のレベルでプレーさせるべき」と強く推薦。それもあってか、竹内監督はユースの本多洋監督(崇徳高校バレー部監督)などに西田を紹介し、ユースメンバーに呼ばれることになったのである。

 中学時代と同じように、3つのチームで練習に励んだ西田は、11 月の三重県高等学校選手権大会(春高県予選)に臨んだ。海星高校は順調に勝ち進み、決勝で宿敵の松阪工業と対戦。試合は松坂工業に先行される苦しい展開から、セットカウント2-2に追いついてフルセットに持ち込んだ。