2020.06.16

西田有志が母に怒られて凹んだ日。
「一番の挫折を味わった瞬間」

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari

「点を一番取るので、相手チームは西田を潰そうとサーブで狙ってくるんですが、内心『しめしめ』と思っていました。西田はきれいにレシーブを返しますから。近年のオポジットとしての活躍ぶりを見ると、サーブレシーブをさせたのはストレスになっていたのかな? 高校の時にもサーブレシーブを免除してやればよかったかな? とも思いますけどね」

 チームは県内の大会でも好成績を残していった。ただ、2016年2月の三重県高等学校新人バレーボール大会、2年生に上がったばかりの4月の春季大会、5月の三重県高等学校総合体育大会(インターハイ県予選)と、いずれも準優勝に終わる。全国大会の常連で、三重県の強豪・松阪工業高校が立ちはだかったためだった。

 王者打倒を果たすため、西田は練習環境を変えていた。高校2年時の4月に、地域のクラブチーム「ヴィアテイン三重」のバレーボール部にU-19とU-14が設立され、西田は海星高校での部活とU-19チームの練習を掛け持ちすることにした。ヴィアテイン三重のGMは、大西とともにNFO オーシャンスターで中学時代の西田を指導した中尾聡である。

 U-19チームは天理大学バレー部との合同練習を行なうこともあったが、西田は大学生にも引けを取らないパフォーマンスを見せていたという。6月には三重県ヤングバレーボール選手権大会U-19男子の部を制し、9月の全国大会でも優勝。その大会で優秀選手として「日本ヤングクラブバレーボール連盟賞」を受賞した。試合後には「バレーボールは一人では点を取れないのですが、点が取れた時にみんなで喜びを分かち合えるのが最大の魅力だと思います」とコメントしている(『ヴィアテイン』第20号より抜粋)。