2020.06.12

西田有志は強豪8校からの勧誘に断り。
両親も悩ます厳しい道を選んだ

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari
  • photo by Sakamoto Kiyoshi

 小学生の時は自宅でジャンプの練習をしていたが、中学時代は練習の掛け持ちが能力を伸ばした。海星高校バレー部の練習は、ネットの高さが2m40cmで行なわれており、中学生男子のネットより10cmほど高かった。そこに参加していた西田は、最初はなかなかアタックがネットを超えず苦労したものの、めげずに打ち続けているうちにジャンプ力が上がっていき、試合では悠々とネットの上から打てるようになっていたのだ。

 西田は3年生でも三重県選抜としてJOC杯に出場。全日本中学選抜にも選ばれて合宿にも参加したが、腰を痛めていてほとんど練習ができず、「けっこう悔しい思い出です」と西田は苦笑する。それでも、中学卒業が近づくにつれて近隣の強豪校からの勧誘が多くなっていた。

 具体的には、現日本男子バレーの絶対エース・石川祐希を輩出した星城高校(愛知県)や、三重県の全国常連校である松阪工業高校など8校。このうち星城高校には練習を見学するため足を運んだ。

 西田は、星城高校を史上初の高校6冠(インターハイ、国体、春高を2年連続制覇)に導いた石川の大ファンになり、部屋にはポスターを貼って、髪型もシューズもマネしていた。中学の部活動では2年生から主将を務め、指導にも奔走する息子の姿を見ていた母の美保さんも、できれば星城高校に入学し、より恵まれた環境で全国を目指してほしいと密かに思っていたという。