木村沙織が涙で振り返った、激動のバレーボール人生と今後のビジョン (2ページ目)

  • 中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari
  • 坂本清●撮影 photo by Sakamoto Kiyoshi

 選手とスタッフが一体となったことで手にした勝利は、「やりきった」というこれまでにない達成感をもたらした。ロンドン五輪後、木村は東レアローズを退社してトルコリーグに移籍し、そのまま引退するつもりだったという。

「トルコリーグで試合に出られないことが続くうちに、『悔しい』という想いが薄れてきました。こんな状態のまま現役を続けちゃダメだなって。人それぞれだと思うんですけど、思うようにプレーができなくなってから辞めるというよりは、『悔しい』という気持ちがなくなったら、辞めようと思っていましたから」

 しかし、眞鍋政義監督は現地まで足を運び、「全日本の主将として現役を続けてくれ」と頼み込んだ。思わぬ要請を受けた木村はすぐに答えを出すことができなかったが、眞鍋監督からは帰国後も何度もメールが届いたという。

「まさか、『代表のキャプテンに』と言われるとは思っていなかったんですが、今までと違った役割を与えてもらったのに、それに挑戦せずに終わるのは、私らしくないなという想いになりました。何かを選択するときには、必ず厳しいほうを選択してきたので。考える時間は長くなりましたけど、バレー人生初のキャプテンを引き受けて、自分としてはよかったと思います」

 日本代表のキャプテンになった木村は、「代表に初めて招集される若い選手を、いかに世界で勝てるようなチームに巻き込めるか」を常に考えていたという。それでもなかなか結果がついてこなかったことに関しては、「私が一番苦手な『厳しさ』が足りていなかったなと。自分に対してはいくらでも厳しくできるんですけど、人に対して厳しくするのが難しくてできなかった。キャプテンとして、一皮むけきれなかったですね」と、少しほろ苦い笑顔で振り返った。

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