【バレー】佐野優子が現役引退。世界一のリベロが残したもの (4ページ目)

  • 中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari
  • 坂本清●写真 photo by Sakamoto Kiyoshi

「正直、もうお腹いっぱいやりきった! という気持ちがありました」。だから、やり残したことや悔いはまったくないという。

 数年前ヨーロッパのリーグを取材したときに、あまり背の高くないジュニアチームの女子選手に「日本にはすごく小さいけど世界一のリベロがいるでしょう? 彼女を見ていると、私みたいに背が低い選手でも、頑張れば世界一になれるんだ!って勇気をもらえるの」と言われたことがある。日本だけでなく、世界中のバレーファンを魅了した小さな守護神、佐野優子。

「(引退後については)まだ具体的には言えないのですが、これからもバレーには携わっていくと思います」

“東洋の魔女”を生んだユニチカ(1964年東京五輪当時は、日紡貝塚)は2000年に廃部となり、佐野はユニチカ在籍選手として、現役を続けていた最後の一人だった。最後の東洋の魔女が、コートを静かに去った。しかし、彼女が紡いできた拾ってつなぐバレーの伝統は、これからも受け継がれていくことだろう。

※佐野優子(さの・ゆうこ)
1979年7月26日生まれ。京都府立北嵯峨高卒業後、ユニチカに入社。2000年チームごと東レに移籍。2002年に全日本に初選出。2004年RCカンヌ(フランス)移籍後は、久光製薬、イトゥサチ(アゼルバイジャン)、ガラタサライ(トルコ)、 ボレロ・チューリヒ(スイス)、デンソーと世界各国でプレイした。国際大会では、2010年世界選手権、2012年ロンドン五輪の銅メダル獲得に貢献。また、2014年ワールドグランプリでは、リベロでMVP獲得という快挙を成し遂げている。

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