【男子バレー】男子ボールゲームで唯一の金メダルを獲った男、松平康隆の生涯

  • 中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari
  • 共同通信●写真

 あるとき松平は大古に、「あと一週間で逆立ち歩き9メートルができなければ、オリンピックへは連れて行かない」と宣言した。それから一週間、大古は逆立ち歩きを練習したが、どうしても9メートルには足りなかった。一週間後の夕食時、松平は「一週間というのは、今日の夜中までだ。さあ、やるんだ」と促した。大古は歯を食いしばって挑み、一時間半以上かかってやっと9メートルの課題をクリアした。

 この時のことを大古はこう振り返る。「松平さんは、逆立ち歩きができるようになることだけじゃなく、それ以上の何かがあると見込んでいたような気がしたね。実際、私は森田、横田(忠義・ミュンヘン金メダリスト)と同期だが、このことがあるまでは、自分が後から呼ばれたという引け目があってか、どうしても『森田さん』『横田さん』とさんづけで呼んでいた。でも、この9メートル逆立ち歩きを成し遂げた後は、自然に『森田』『横田』と呼ぶことができるようになったね」

 現在では世界標準となっている、Bクイック、Cクイック、時間差攻撃、ワンセッターシステム、バックアタック、一人時間差、フライングレシーブなどを選手とともに開発し、戦術に取り入れていったのも松平だった。

 松平は情報戦にも熱心だった。自らはもちろん、選手たちにも相手国の歴史や政情などを学ばせ、発表会を行なった。東欧人の気質がどういうものか、ラテン気質がどういうものかというものも自然に頭の中に入ったという。「日本人はシャイだから、外国人相手にちょっと引け目を感じるところがある。でも、こういった学習で相手を知ることによって、そういう気持ちは消えて対等に戦えるようになったんだよ」(大古)

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