石井琢朗の娘と久保竜彦の娘がテニス・ダブルスでコンビを組んでいた (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by YONEX

 だがその後、彼女の名前が、華やかな舞台で記される機会は減っていく。

「ここ数年は、ケガばっかりで......。とくに腰がずっと悪いんです。腰椎分離症とヘルニアが合体して、大会に出ても1、2試合が限界なんです」

 かつての快活な口調とは異なる落ち着いた声音で、16歳になった久保が明かす。ケガのため試合出場そのものが減り、大会等に出ても、早期敗退が続いていた。

 その久保と入れ替わるように、国内のジュニアタイトルを次々勝ち取り、国際大会でも結果を残すようになったのが、1歳年少の石井さやかである。

 久保がケガに見舞われるようになった頃、石井は、久保と同じコーチの門を叩いた。

 彼女たちが師事するのは、元デビスカップ代表選手であり、コーチとしては錦織圭らの指導経験を持つ米沢徹。現在は複数のジュニア選手から成る「TEAM YONEZAWA」を結成し、若手育成に手腕を振るう、この道の第一人者だ。

 その米沢に指導を求めた理由を、石井は「世界的に活躍したいと思ったから」と明言した。

 事実、彼女はTEAM YONEZAWAに加わった翌年に、小学生時代は手の届かなかった日本一のタイトルを掴み取る。恵まれた体躯に新コーチの指導が噛み合い、そこに勝負師のメンタリティが備わったがゆえの、潜在能力の開花だろう。

 なお石井は、父親とテニスについて話す機会は少ないと言うが、かつて受けた精神面での助言は、今も胸に刻まれているという。

「前の私は、試合中にけっこうイラつくタイプで、心が乱れて負けることが多かったんです。お母さんは『そういうのダメでしょ』って言うけれど、お父さんは『イラついた時は、怒りを出してもいいから、すぐに切り替えて』って言ってくれて。お父さんはメンタル面をよくわかってくれるので、すごい助けられます」

 その父の言葉を聞いてから、試合中の心持ちが「楽になった」と石井は言う。日頃の練習でも、すでに世界で活躍するトップジュニアとしのぎを削り、心技体を磨いてきた。

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