錦織圭いわく「修行に向かう仙人」。杉田祐一がスランプから脱出した (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 好調時には意識せずともできていた身体の記憶が薄れていく。あの頃の自分はどうプレーしていたのかと考えれば考えるほど、思考の泥沼に足を取られた。

「ツアーで上位選手に1回戦から当たるなかでは、自分の展開になかなか持っていくことができない。その状況下で連敗が続くと、自分のテニスがどのようなものか思い出すことも難しかった」

 気がつけば、2月から5月にかけての戦績は、10連敗を含む2勝12敗にまで落ち込んでいた。

 だが真の苦しみは、このあとに訪れる。

 身体の内から湧き上がる闘志や活力を、どうやっても感じられない試合が続いた。頭では必死に身体を奮い立たせようとするも、「がんばりたいのに、がんばれない」自分がいる。

「自分を認めてあげられないのが、一番苦しかった......」

 それが、彼が陥っていた精神の陥穽(かんせい)だ。

 それでも当時の杉田には、その場から逃げるという選択肢は、まったく頭になかったという。

「今の僕には、テニスのプロの道というレールしかないと思っている。そこから外れることはできないという思いがあります」

 かつて錦織が、「修行に向かう仙人のよう」と形容したほどにストイックな男が、眼光鋭く断言した。苦しむ自分から目を逸らさず、この頃の彼は周囲の声に耳を傾け、時には母校へと足を運び、恩師に助言を求めたという。

 一方で、長く杉田に帯同するトレーナーの大瀧レオ祐市の目に見えていたのは、杉田の身体の使い方の、好調時との微妙な差異だ。

 とくに使えていないと映ったのが、内転筋(内太もも)。それは、低い姿勢で左右に鋭く切り返しカウンターを放つ杉田の、生命線とも言える部位である。そこで大瀧は、内転筋を自然と使えるようなトレーニングを多く取り入れたと言った。

 それら、個々に磨きをかけたピースが噛み合う音を聞いた試合を、杉田ははっきり覚えている。

 今年6月、ノッティンガムで行なわれたATPチャレンジャー(ツアー下部大会)の2回戦。

 スコアだけを見れば、1-6、3-6で敗れた、ありふれた敗戦だ。だが、戦う当人には、繊細ながら強固で懐かしい感覚が、確かにそこにはあったという。

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