錦織圭、当時無名の18歳。衝撃の初優勝は記者の人生も変えた (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

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 半年前に、近所で開催された大会でATPツアー本戦初出場を果たしたばかりのあの若者――錦織圭が、デルレイビーチ国際選手権で決勝戦に勝ち進んだ。その現実が突如として、興奮とともに全身を駆け巡った。

 メキシコ湾に突き出したフロリダ半島は湿度が高く、潮風を含んだ熱い空気が、空港に降り立つと同時に肌に張りついた。車で北上する道中ではスコールの洗礼を浴びるも、道に迷うことなく会場に辿り着けたと記憶している。

 世界ランキング244位の無名の日本人をファイナリストとして迎えたデルレイビーチのプレスルームは、予期せぬ事態に見舞われた慌ただしさと、高揚感で満たされていた。

 こちらを日本人と見定めた地元紙の記者は、「あのヤングボーイはすばらしいね! 昨日の準決勝で打ったジャンピングショットを見たかい? まるでマルセロ・リオスだ!」と、往年の人気選手を引き合いに出し、錦織のすばらしさをまくしたてた。

「今日の試合もケイが勝つかもね!」

 記者氏が陽気にそう笑うと、周囲の同僚たちが「おいおい、君はどの国の人間だよ」と明るい口調でいさめる。錦織が決勝で対戦する相手は当時世界12位のアメリカの人気選手、ジェームズ・ブレークだった。

 ブレーク贔屓の観客で埋まった決勝戦のスタジアムは、試合が始まりほどなくすると、安堵と楽観を主成分とした、やや弛緩したムードに包まれた。第1セットは、6-3で世界12位の手に。「やっぱり、難しいね」の声が客席の日本人から漏れる。それは、その場にいたほとんどの人が共有した思いだったろう。

 だが、錦織の負けず嫌いと柔軟な創造性は、そんな予定調和を打ち砕く。反撃の狼煙の火つけとなったのは、今も得意とするドロップショットだ。28歳のスター選手を、ネット際に柔らかく落ちるボールで揺さぶりながら、18歳はポイントを重ねた。

 圧巻は、ドロップショットをフェイントとし、スローモーションのようにストレートに抜けていくフォアのスライスでのウイナー。突如として反転した流れに、観客達は金属製のスタンドを踏み鳴らして母国のスターを鼓舞するが、ひとり凛とした空気をまとう新鋭の静謐なまでの集中力を乱すには至らなかった。

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