大ケガを経てツアー初Vの西岡良仁。励まし続けた母の万感の想い (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

「でも、歩けるんでしょ? だったら、お母さんよりマシよ。お母さんなんて、半月板と側副じん帯も切ったんだから」

 自身もテニスの試合で前十字じん帯を切った経験のある母は、そんな言葉で異国の息子を励ました。

 西岡がケガをした直後から、コーチやトレーナー、日本テニス協会のスタッフたちは迅速に対処すべく奔走し、帰国の日取りもすぐに決まる。

 予定にはなかった、西岡家の次男の帰国の日......。それはくしくも、長男でテニスコーチの兄の靖雄が武者修行のため、スペインのバルセロナに旅立つ日であった。長男を見送ると同時に、次男を迎えるためにも空港に出向いた母は、「手間が省けて助かったけれど......こんなところまで気が合うなんて」と、ふと思う。

 良仁をよろしく......そう言い残す長男を空港で見送ったその足で、母は次男の帰りを待った。

 車椅子でゲートを抜けてきた良仁は、母の顔を見るなり聞く。

「ヤス(靖雄)はちゃんと、スペインに行った?」

 似た者兄弟ね――複雑な思いを抱きながらも、母は笑うしかなかった。

 ケガから半年ほど経ち、術後の経過やリハビリも順当に進んだ9月中旬、男子国別対抗戦の日本対ブラジル戦が大阪市で開催される。ようやく走ることができるまでに回復していた西岡は、観戦に行くことを切望した。

 チームメイトたちの、国を背負って戦う姿を......そして勝利の瞬間に生まれる歓喜の輪を見て、「ひとり取り残されるような寂しさ」を抱えた西岡は、すべての試合が終わり観客も去ったコートへと、ラケットを手にして走り出ていた。

 その姿を見て驚く母親に、息子は「お母さん、ボール打っていいって!」と笑顔で手を振る。

「はしゃぎすぎて、ケガしないようにね!」

 母親は息子に、言葉を返した。

 復帰の時が近づいたころ、母にとって何よりうれしかったのは、「やっぱりテニスが好きだ。楽しい」の言葉が、息子から聞けたことだったという。

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