錦織圭が恥ずかしがる自らの演技力。千両役者の本領発揮で難敵を攻略

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 コート上の錦織圭は、なかなかの役者である。

 相手にチャンスボールを与えたとき、あきらめたかのようにうつむき、トボトボと歩いたかと思いきや、突如として走り出し、油断した相手の甘いボールを打ち返すことがある。

巧者ペールを下してベスト8進出を決めた錦織圭巧者ペールを下してベスト8進出を決めた錦織圭 この試合の第1セットの、第4ゲームでもそうだった。相手のドロップショットに全力で駆け込み、ネット際ギリギリで打ち返すも、そこにはすでに相手のブノワ・ペール(フランス)が待ち構えている。

「あ、やられた......」

 さも、そんな声が聞こえそうな身体でうなだれるも、次の瞬間にはオープンコートへと素早く飛び込み、ペールが放ったショットをボレーで鮮やかに打ち返した。試合の趨勢(すうせい)を大きく決める、早々に奪ったこの日ふたつ目のブレークゲーム。

「あんまり言いたくはないんですけどね......」

 試合後に、件の場面について問われた錦織は、いたずらを咎(とが)められた子どものように、決まりの悪そうな笑みを浮かべて白状した。

「演技です」――と。

 演技力は、錦織のテニスプレーヤーとして欠かせぬ資質のひとつだと言えるかもしれない。バックハンドでクロスに打つと見せかけて、ストレートへと叩き込む。あるいはフォアの強打を打つと見せかけ、ドロップショットをするりとネット際に沈める。

 その手のトリッキーなプレーは、この日(2回戦)の相手であるペールの十八番でもあるが、錦織は相手の対策も十分に練ったうえで、彼らしいプレーも披露した。

「世界で五指に入る」と警戒するペールのバックを打たせぬために、フォアを中心につきながらも、狙いを絞らせぬようボールを前後にも散らす。本人も「ほぼ完璧」と自画自賛した第1セット序盤では、ドロップショットで相手を釣り出してボレーを決めたり、飛び跳ねながらスピンをかけたフォアを鋭角にねじ込んだり、錦織の創造性と"演技力"が光った。

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