2018.08.26

大坂なおみ、「始まりの地」に立つ。
全米オープンで初心を取り戻せ

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 全米オープンの会場は、大坂なおみにとっての、キャリアの”スタート地点”である。

 3歳のころ、大阪市からニューヨークに移り住んだ大坂家の次女は、1歳半年長の姉とともに父の手ほどきのもと、ラケットを手にボールを追い始めた。練習の場となったのは、ビリー・ジーン・キングナショナルテニスセンター。往年の名選手の名を冠する世界最大のテニス場が、彼女の始まりの地であった。

シーズン最後の四大大会「全米オープン」に挑む大坂なおみ その原点に宿るもっとも古いテニスの記憶は、一緒に練習していた子の顔に、ボールがしたたかに当たったこと。

「すごく怖くなって、私は自分の顔の前にラケットをかざしていたの」

 はにかんだ笑みとともに振り返るその日から、15年以上の歳月が流れた今、彼女は世界の19位として、ニューヨークに帰ってきた。会場のシンボルである地球儀の巨大オブジェは、その周囲を走り回った遠き日を、大坂に想起させる。大手地元紙『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』電子版は、この街から巣立った20歳を、「優勝しても驚きではない」選手として特集した。

 肌に馴染む街や会場の空気も含め、大坂にとってもっとも相性のいい四大大会が、この全米オープンなのは間違いない。だが、今大会前に出場した北米ハードコート3大会で、大坂は1勝3敗と苦しい戦いを強いられた。

 とくに最初の2大会では、相手にではなく、自分に敗れるような試合が続く。後に大坂はそれら苦闘の訳を、SNSを介し自らの言葉で発信した。

「この数週間はいろいろあり、ボールを打つときもよく感触が掴めず、練習時にはイライラしたり気分が落ち込んだりしていました」

 そうつづる彼女は、7月の北米ハードコートシーズンに入って以来「大きなプレッシャーを感じていた」こと、そしてその重圧の源泉は3月のインディアンウェルズ大会(BNPパリバオープン)優勝にあることをも明かしている。