大坂なおみ、世界1位を撃破した瞬間にラケットを投げなかった理由 (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by Getty Images

 それらのミスは、公式記録上では「unforced error=自ら犯した過失」と記される。だがその実態は、「エラー」のひと言で片付けられるほど単純なものではない。大坂の完全勝利へのシナリオが書かれ始めたのは、第1セット終了後。彼女がコーチのサーシャ・バジンをベンチに呼び寄せたときだった。

「僕が必要かい? 君は世界1位から、第1セットを奪ったんだよ!」

 手を広げ、快活な声を上げるコーチに、大坂は「あまりタイミングが合ってない」と訴えた。

 その求めに応じるべく、コーチは穏やかな声で大坂に語りかける。

「まずは足を動かすんだ。それから、あまり自分から角度のあるショットを打たず、深いボールをセンター付近に打ったらいいよ。角度をつけると、相手はうまくカウンターを打ってくるからね」

 その策の奏功を象徴するのが、第2セットの第3ゲームで、ハレプが3本連続でショットをネットにかけた場面。大坂の深い打球に差し込まれたハレプは、自ら広角に打ち分けようとしては、無理ある体勢を強いられミスを犯す。

 ポイントを性急に求めるようにサーブを打ち急ぐ女王の姿は、つのる苛立ちを映していた。完全にリズムを失った世界1位を尻目に、主導権を握りしめたまま疾走する大坂は、またたく間に勝利まで1ゲームへと迫った。

 その最後の1ゲームは、この試合でもっとも長く、息詰まる攻防となる。

 6度のデュースを繰り返し、ブレークの危機は4度を数えた。最初のマッチポイントでは、アウトだと思った相手のリターンがビデオ判定の結果「イン」と判明し、うなだれる。2度目のマッチポイントも逃したが、3度目でついにハレプのショットがネットを叩いたとき、勝者は拳を胸の前で握りしめると、口をキュッと結び、ただ天を仰ぎ見た。

「最後のゲームでは、ずっとナーバスになっていたの」

 勝利の瞬間の心境を、試合後に大坂が振り返る。

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