錦織圭の潔い決断。目指すべき地点は3回戦進出ではない

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki   photo by AFLO

 錦織圭には、ケガや身体の痛みにまつわる、いくつかの不思議な体験がある。

 時計の針を5年巻き戻した、2010年初頭――。その前年にひじを手術し、ツアーから約1年遠ざかっていた錦織は、同年2月にようやく復帰戦を戦うことができた。しかし、その試合の後から、再びひじの痛みが彼を襲う。休んでも、治療をしても痛みは取れず、精神的に最も落ち込んでいた当時の錦織に、救いの声を掛けたのは偶然アカデミーを訪れていた、さほど面識もないコーチだった。

1回戦でフルセットを戦った錦織圭。左足のテーピングが痛々しい1回戦でフルセットを戦った錦織圭。左足のテーピングが痛々しい「痛みが消えないなら、一度、その痛みを越えてプレーしてみろ」

 この人は、何を言っているんだろう......それが、錦織の偽らざる思いだった。それでも、藁(わら)にもすがる心境だったのだろう。彼は痛みがありながらも、練習を続けた。すると、不思議なことに痛みは徐々に和らぎ、やがて完全に消えたという。

「はたしてあれは、メンタルの問題だったのだろうか......」

 はっきりとした答えは、わからない。だが、それは今思い出しても、不思議な経験だったという。

 グランドスラムで初めて準優勝し、日本中を熱狂させた昨年の全米オープンでも、錦織は失意を越えた先で、栄光を見た。

 大会開幕のわずか3週間前に受けた、足親指付け根の「のう胞」摘出手術。本来なら、大会に出て調子を上げるべき時期に、松葉杖生活を余儀なくされ、大会直前まで出場をなかばあきらめかけていた。

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