「錦織記念日」に振り返るツアー初優勝。7年前の真実 (4ページ目)

  • 内田暁●構成 text by Uchida Akatsuki  photo by AFLO

 だがこのとき、錦織は周囲の喧騒とは無縁の空間に、ひとりいた。

「観客はあまり気にならなかったですね。本当に集中していたと思うので……。いつもは決まらないショットが入ったりして、すごく落ち着いていました」

 第3セットの第2ゲームでは相手にブレークポイントを握られるも、攻めを貫き、危機を切り抜ける。そして、3ゲームを終えてベンチに戻ったとき、ふと、勝利する自分の姿が脳裏に浮かんだという。

 次の瞬間、「あっ」と思わず我に返る。「勝ちを意識するなんて……これは絶対に負けるパターンだ」。経験に即した、そんな予感が胸をよぎった。しかし、この日ばかりは、不吉な予感は杞憂に終わる。

 試合開始から86分後、16年に及ぶデルレイビーチ国際の歴史において、大会最年少のチャンピオンが誕生した。それは、1998年1月にレイトン・ヒューイット(オーストラリア)が16歳10ヶ月でATPツアーを制して以降では、最も若いツアーチャンピオンが誕生した瞬間でもあった。

 試合後のプレスルームは、ちょっとしたお祭り騒ぎである。ただでさえ言葉少ない18歳のプロ1年生は、英語の矢継ぎ早な質問の集中砲火を浴びて、「信じられない」以外の言葉を探しだすのに苦労した。日本語の質疑応答に切り替わっても、その傾向に大差はない。ただ、「今回は大会を通して、ずっと強気でいられた」と不思議そうに振り返った。

 大会中は縁起をかついで家に電話をしなかった錦織は、優勝後に初めて、真冬の島根県松江市でパソコンにかじりついて試合を見ていたであろう、両親の声を聞いたという。

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