【テニス】急成長の奈良くるみ、四大大会初シードの可能性 (2ページ目)

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki photo by AFLO

 そんな奈良のプレイにクズネツォワが驚いたことは先述したが、それに次いで残した言葉が、また興味深い。

「特に日本人選手として、あんなにスピンを打つ選手は珍しい」

 この言葉の背景にあるのは、「日本人はボールをフラットに打つ」という、選手間にあまねく定着した一般論だ。確かに日本人選手は個人差こそあれ、ボールを早いタイミングで捕え、フラット――つまりスピンを掛けない直線的な球筋のショットを打つ選手が多い。これは、欧米勢に体格で劣る日本人が、相手のパワーを生かしたカウンター主体のテニスに活路を見いだしたためだろう。もっと言うなら、163センチの身体で世界ランキング4位まで上り詰めた伊達公子が、日本テニス界に残した遺産と見ることもできるはずだ。

 今でも世界のトップ選手を畏怖(いふ)させる伊達の武器は、ボールの跳ね際を叩く「ライジングショット」と、ネットギリギリをかすめて低い弾道で相手コートに刺さる「フラット系の打球」にある。それこそが、日本人女性として極めて標準的な体格の伊達が、世界のトップに立つため編み出した奥義だ。

 しかし、この伊達のあまりに鮮烈な成功体験が、「あのスタイルこそが、日本人が世界で戦うための最良の手段」との固定観念を生んだ側面はなかっただろうか? あるいは、似た環境や境遇で育った日本人選手たちが強さを求めた結果、同じ結論やスタイルに至ったのかもしれない。
 
 実は奈良も、クズネツォワのコーチがそう思っていたように、以前はボールをフラット気味に打つ選手であった。ただ、ラケットの握りがスピン向きであったため、スイングの軌道とグリップが合っていなかったのだという。

 そのような状況に変革をもたらしたのが、2012年4月から奈良を指導する原田夏希コーチである。原田は就任直後から、フォアハンドの打ち方とフットワークという、テニス選手にとって最も抜本的な技術にメスを入れたのだ。

 もちろん改善への旅は、一朝一夕にはいかなかった。原田が提唱したのは、一歩を大きく踏み出すダイナミックなフットワークと、腕の回転を生かしたコンパクトかつ速いスイング。だがそれらは、細かいステップでボールへの入り位置を微調整し、相手の打球にラケットを合わす従来の奈良のテニス観とは、あまりに大きな乖離(かいり)があった。それでも奈良は1年以上の歳月をかけ、カウンター主体の受動的なテニスから、自ら仕掛ける能動的なスタイルへの改革を成す。その成果こそが、今季2度目となる今回の決勝進出であり、クズネツォワが抱いていた「日本人観」をくつがえし、驚嘆させたプレイの数々だ。

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