マイアミの奇跡から一転。錦織圭はなぜ「棄権」を決断できたのか?

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki photo by AFLO

「すべてがレベルアップしていると思いますが、まずはサーブが以前より良くなっている。サーブで危機をしのげる点に、大きな違いを感じます。それにストロークでも、大切な場面でエラーを出さないのが、去年より良くなっている点です」

 錦織は、昨年と今の自分を客観的に比較し、ベースアップした要素を端的にそう述べる。

 本人が「昨年との最も大きな相違点」と感じているサーブでいうと、今大会では3回戦のディミトロフ戦で、その成長が最もよく見て取れた。

 フェデラーと酷似したプレイスタイルのため、「ベビー・フェデラー」と呼ばれることもあるディミトロフは、その愛称が示すように、次代の王者候補として期待を集める若手のひとり。先月ツアー2勝目を挙げ、ランキングも自己最高の16位に急上昇させるなど、今、最も勢いのある選手である。

 そのディミトロフ相手に錦織は、7−6、7−5のスコアで接戦を制した。辛勝を支えた最大の要因は、これまで弱点と見なされていた、「サーブ」である。この試合で錦織は、自身のサービスゲームをすべてキープした。それどころか、相手に許したブレークポイントはわずかにひとつ。センターに叩きこむ高速サーブと、コーナーを巧みにつく変化球で相手を翻弄し、サービスゲームでは常に主導権を握り続けた。その中でも圧巻だったのは、唯一のブレークポイントをしのいだ局面である。第1セットのゲームカウント5−6、相手にポイントを奪われればセットを取られるという緊迫の場面----。しかし、ここで錦織は、高速サーブを立て続けに2本叩き込んで連続エースを決めると、その後もセンターへのエース、そして最後もキレの良いサーブで相手に返球を許さなかった。試合を通じて9本決めたエースのうち、3本をこのゲームのみに集めて、最大の危機を乗り切った。

 一方、ストロークの成長が最大限に発揮されたのが、フェデラーとの決戦だ。この試合の立ち上がり、錦織はフェデラーが仕掛ける早い試合展開についていけず、「まだ敵わないのか......」との敗北感すら脳裏をかすめた。だが、第2セットの中盤以降、回転を掛けた重いフォアハンドと、コンパクトに振り抜いて低い球筋で空を切るバックハンドのショットを織り交ぜながら、フェデラーの展開力を封じ込んだ。第3セットに入った時には、「腕が振り抜けるようになり、違った自信が芽生えた。ストロークで負ける気がしなかった」と言うまでにフェデラーを打ち合いで圧倒した。これにはフェデラーも、「(錦織)圭のバックハンドの技術は非常に高い」と称賛するより他なかった。

 そしてもうひとつ、この大会で錦織が示したのは、フィジカルの向上である。そのことを何より鮮明に証明したのが、4回戦のフェレール戦だ。身長175センチの小柄なフェレールがトップ5にとどまり続けられる最大の理由は、無尽蔵なスタミナと、鉄壁の守備にある。しかし錦織は、そのフェレール相手に高温多湿な悪条件の中、3時間5分を走り切り、4本のマッチポイントをしのいで死闘を制した。試合の後半では、フェレールの足を痙攣(けいれん)が襲うほどのすさまじい消耗戦。さらに錦織は、この試合のわずか30時間後に、フェデラーと2時間8分の試合を戦ったのだ。連戦となったのはスケジュール上の不運であり、これが仮にグランドスラムなら、通常は中1日の休養を挟めたところ。もとより、不安を抱えていた足の付け根の痛みが増したのは、無理からぬことだった。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る