全仏オープン開幕。錦織圭は「赤い土」を制することができるか

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 だが最近になり、錦織のクレーコートに対する思いや発言に、ある変化が現れている。

 例えば、現時点での目標をグランドスラムのベスト4以上に掲げながらも、「全仏では難しいだろう」と口にした。「かなりクレーでの自信もついてきたけれど、やはりまだまだ経験が足りない」のがその理由であり、「プロの世界で上に行けば行くほど、クレーで1ポイントを取る大変さが分かってきました」とも言う。

 これら一連の発言だけを取り上げると、まるで錦織が、ここ数年でクレーに対し苦手意識を抱いたように感じられるかもしれない。

 だが、そうではない。

 ここ数年で錦織の意識に変わったものがあるとすれば、それは頂点への距離感と、その手応えへの肌触りだろう。グランドスラムでシードの栄誉を与えられるまでに成長した今、錦織は希望的観測に目標を重ね、それを軽々しく口にするようなことはしない。ひとつの勝利どころか、ひとつのポイントを奪うことの困難さを知るからこそ、今の彼はどこまでも現実主義者だ。そのようなトッププロの現実主義の前では、「一番好き」だったクレーコートですら、「まだまだ経験が必要」なサーフェスへと姿を変える。未来のみに視点を向ける錦織にとって、少年時代に抱いた好感触は、もはや過去でしかないのだろう。

 それにしても、これも運命の巡り合わせだろうか。錦織少年が欧州の赤土で世界への足がかりを得たあの日から、10年後――。プロテニスプレーヤー錦織圭は、今年の全仏で「トップ10」という大きな夢の実現を目指している。

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