早大が共有していた「勝ちポジ」の意識。明大に雪辱し11年ぶり王座奪還 (2ページ目)

  • 松瀬 学●文 text Matsuse Manabu
  • 齋藤龍太郎●写真 photo by Saito Ryutaro

 加えて、前回の早明戦との違いはFWの健闘だろう。前回はFW戦で圧倒され、SHの齋藤主将に試合後、「あまりアタックした覚えがない」と嘆かせた。だが、この日は、FWがラインアウトを制圧し、前半34分にはラインアウトからのモールを押し込み、バックス4人も加わり、エンジと黒のジャージの塊がインゴールになだれ込んだ。


 明大のお株を奪うパワー攻撃だった。前半の4トライのうち、3本はラインアウトからの展開だった。スクラムにしても、前回の早明戦から修正され、フロントロー3人の結束が強まっていた。今回はスクラムの強い左PR(プロップ)久保優が先発したこともあろうが、精度も高まっていた。
 
 時折、明大に押されながらも、マイボールを失うほど、崩されはしなかった。後半序盤には、相手ボールのスクラムを逆に押し込んでターンオーバー(ボール奪回)まで奪った。FWが効果的なボールを出せば、才能あふれるバックスが威力を発揮する。SH齋藤とSO(スタンドオフ)岸岡智樹のハーフ団のリードも冴えた。
 
 勝負のポイントでいえば、後半34分、明大の3連続トライで追い上げられたあとのWTB(ウイング)桑山淳生のトライが大きかった。PRが交代した直後の早大ボールのスクラム。ナンバー8丸尾が「エイタン(8単)」、つまりダイレクトフッキングから右サイドに素早く持ち出し、大幅ゲインして、外の桑山にパスした。
 
 丸尾は「僕の判断でした」と胸を張った。「試合の流れが悪かったので...。ダイレクトを使ってなかったので、うまくいけば、いけるなと思った。すぐにパスする予定だったんですが、前が空いていたので走りました」
 
 もうひとつ、前回の早明戦との違いをいえば、1年生の相良の存在だろう。父と同じFLの次男は攻守に活躍し、相良監督に「いいプレーヤーですね」と言わせた。
 
 親子で優勝ですが、と振られれば、実直な相良は「すごくうれしいです」と漏らした。

「試合前に"親子で初の優勝なるか"という記事を読んで、できたらいいなと思っていました。これで父も喜んでくれるんじゃないかな、って。大学1年目で優勝できたので、そこは父を超えられたかなと思います」

 でも、と苦笑しながら言葉を足した。

「トライをしたときに右手の指(人差し指)を上げちゃって、父からガラ悪いなって言われました」

 1918年創部。荒ぶるを歌えた年も、歌えなかった年も、レギュラーになった選手も、なれなかった控え選手も、学生は大学日本一を目指して一緒に日々、鍛錬してきた。そうやって伝統が築かれ、最多16度目の優勝を飾った。全国各地からラグビーを愛するいろんな学生が集い、優れたコーチ陣がキメ細かい指導を続けた結果である。

 今季は部員127人。その中には、ほぼ耳の聞こえないFLの岸野楓(かえで)もいた。1年から試合に出場した齊藤、岸岡、中野と同じ4年生。"アカクロ"のジャージを着ることはできなかったが、他の部員と等しく、練習に打ち込んできた。周りも特別扱いしなかった。それが本人を人間として成長させた。

 夜の都内のホテルでの祝勝会。携帯で岸野と筆談した。「どんな気分ですか?」と書くと、難聴FLは顔をくしゃくしゃにしながら一気に文字を打った。

「生まれた時から耳が聞こえなくて、その中で、小さい時から見ていた強い早稲田と荒ぶるを歌っている姿に憧れて入部して、4年間、個人的に大変な道のりでしたが、いまこうして、荒ぶるを掴むことができました。感慨深いです」

 今季のチームスローガンが『For One』だった。何事にも勝つこと、一番になること、そのためには一人ひとりが考え、全力を出すという意味が込められていた。いろんな人の地道な努力が実った、まさにワンチームの"荒ぶる"である。

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