「笑わない男」稲垣啓太の笑顔は見られるか。
南ア戦、勝利のカギを握る

  • 斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji
  • photo by AFLO

 2014年秋には日本代表初キャップを獲得。2015年からはプロ選手となってオーストラリアのレベルズに入団し、PRの選手としては日本人初のスーパーラグビー選手となった。そして2015年ワールドカップでは南アフリカ代表から金星を奪うなど、予選プールでの3勝にも貢献。日本代表に欠かせない選手のひとりとなった。

 ワールドカップイヤーの今年、稲垣は男気を見せる。樋口監督が新潟工のグラウンドを天然芝にしたいと耳にした稲垣は、初期費用の全額を寄付したのだ。「後輩のため、母校のため、できるならこのタイミングかと思った。芝生のグラウンドがあれば、他の学校も練習できるし、県外のチームが来てもいいし、新潟県全体のレベルアップにつながる」(稲垣)。

 前回大会でベスト8に進めなかった経験から、稲垣は個人を高めることに時間を割いてきた。自分をサポートしてくれた人々、新潟への想い......リーダーのひとりとして責任も感じていた。「勝たなければ何も始まらない。勝利にこだわった試合に徹したい」。大会前、稲垣は固く決意した。

 そして迎えたワールドカップ。世界2位の強豪アイルランド代表に19-12で勝利した直後、稲垣はグラウンドで泣いた。本人は「泣いたことはありません」と認めようとしないが、その涙が初キャップを得てから6年間の努力の結晶だったことは誰の目にも明らかだった。

 大一番となったスコットランド代表戦では、トライも挙げた。スクラムでもモールでもタックルでも身体を張り、チームを鼓舞して勝利を挙げた。ただ、日本代表にはまだ先がある。試合後の稲垣の表情には、涙も笑顔もなかった。

「日本ラグビー界にとって、新しい歴史を刻むことができたという実感はあります。ですが、これで終わったわけではない。またここから、新しい挑戦が始まる。次に向けて準備をしていきたい」

 10月20日、日本代表が準々決勝で戦う相手は、前回大会に金星を挙げた「フィジカル強国」南アフリカ代表である。ワールドカップ直前の9月6日に行なわれた試合では、7-41で敗れている。スクラムやモールで劣勢になってしまうと、勝利するのは難しい。ただ、稲垣は「ディテールが上がってきている」と自信を深めている。勢いそのままに再び南アフリカ代表に勝利して「笑わない男」が少しでも笑うような試合となることを期待したい。

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